最近、過去の事を考える。不幸な子供時代を送ったのかと、自嘲的に考えているが、小中高の時代の友人に会いたいという気持ちがなかなかわいてこないのだ。 同じ時代をともに生きてきたという感覚がわかない。したがって、付き合いも儀礼的になってしまう。 だが、大学時代は違うのです。前にいった「後天的個体発生の場」ということで、本当に大きな影響を受けた。みんなかがやいていて、おいらより10メートルぐらい先を歩いているといった感じ。(100メートル先といわないところが、変なプライドがある。) で、あれから半世紀過ぎた。だが生きていくということを霧の中を歩いていくというイメージでたとえると、みんな声をかければすぐ返事がありそうな、近い心理的な距離にいるといった感じなのだ。したがって、たとえば仁ちゃんの顔がみたいと発作的に考えて、飛行機に飛び乗り函館に行くということは、心理的距離として、隣の掛川市に行くぐらいの感じである。
したがって、いっしょに年を重ねていこう。だから、今朝の飯がうまかったとか、隣の三毛が子を産んだといった、どうでもいいような日常雑感を時々はよせてくれ。霧は深いが、距離は近い。そんなのがいいなあ。これからも出てきて頂戴
で、俳句である。ちゃんと読んでいるのである。
1.津軽三味烈しく競ひ春三日月 津軽三味線は、前に褌子氏と津軽で聞いた。しかし、「激しく競い」という表現は、たとえば沖縄の三線にはにあわない。北国の厳しさと南国の陽性の調べの対極的な違いだなあ。津軽三味線と、沖縄の三線。あれ両方とも楽器ではなくて、第二の肉声ではないかなあ。ぴったりとその人の心と体にはりついて呼吸するようにかなでられる。のどでうたうように、楽器で奏でるのだ。したがって音痴が弾く三味線はやっぱり音痴ではないか。ふとそう思った。
2.縄跳びや出る子入る子春一番 そうそう、そしてその縄跳びの向こうには富士が似合う。このごろ静岡はずっと晴れ。河津桜が満開です。今の富士をみんなにみせたい。
3.重文の懸魚を濡らす春の雨 あの禅寺にかかっているいつもひっぱたかれている木製の魚だなあ。しんとした堂内響きわたる音。背筋をのばすと、外は雨。万物を包んで春がくる。
4.謗られて嫌われつづけ雪の果て・・・・・果てがいい
5.せり上がりせり上がりして寒明け・・・・せり上がりがいいが、繰り返すか否か。二段目のせりあがりしてがのびあがりになったらどうなるか
7.日本海春おほゆきの重さかな
ここまでの3句 全部雪の話 全然雪の降らない静岡人としては発言権はあるのかなと迷いつつ。で、鈴木牧之の「北越雪譜」を思い出した。岩波文庫にあるかも。ご存じなくば、ご一読を勧めます。うーん、雪に甘っちょろいロマンなんかふっとぶなあ。
ここまでの3句 全部雪の話 全然雪の降らない静岡人としては発言権はあるのかなと迷いつつ。で、鈴木牧之の「北越雪譜」を思い出した。岩波文庫にあるかも。ご存じなくば、ご一読を勧めます。うーん、雪に甘っちょろいロマンなんかふっとぶなあ。
6.奥底にまろみ眠らせ余寒かな まろみはもろみの意かな。寒さの底で化学変化がゆっくりと進んで、うまい酒ができるかな。そうなのだ、どんなにさむくたって、その底で命はいきづいているのだ。
8.山路きて破れ社や藪椿 山路来て何やらゆかしすみれ草は芭蕉だったかなあ。おいら はこの句の「何やらゆかし」が気に入らない。なんとなく気取っているよなという感じ。この仁ちゃんの句の「破れ社や藪椿」の方がいい。一幅の俳画の世界。しかし、こういう光景は北海道にはないだろうなあ。 特選
9.春菊のかき揚げ苦味にこだはりて 食い物にこだわらなくなると人間はだめになるというのがおいらの確信。独身の男が不精髭をそのままにして鍋から直接インスタントラーメンを食っている光景などが一番いけない。 しかしこの句は春菊の苦味というシグナルをちゃんと受け止めようとする。そうだよ、そうしないと春菊に悪い
10.スマッシュを決めた雄たけび春一瞬 錦織選手かな。 一瞬の爆発に雄たけびをあげる。うーん、そういう地点から遠く来てしまった。逆にわが身の老いを感じる一句。
というわけで、今回も楽しかった。 こちら今日も富士がきれい。ではまたね。
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