2015年6月7日日曜日

兼六園・・・国兼

  北陸新幹線が開通して、金沢をはじめとして富山や高岡等がテレビによく出てくるようになった。二年前のホロホロ会の能登の帰りに逸徳さん、褌子さんと金沢の方へ行ったが、その時は金沢から北陸鉄道で獅子吼高原近くの民宿で3人で楽しく濁酒を飲んだ。帰りは米原経由で帰ったが、金沢はやはりかなり遠い存在であった。それが、2時間30分少々で金沢へと、何か非常に近づいた感じである。オデンも食べたいと、行ってみたいと。先週の5月の26,27日に金沢を訪れた。
 兼六園を初めて訪れたのはかれこれ25年ほど前で、その時は雪で松が倒れるのを防ぐために職人さんたちが雪囲いをしていた最中であった。日本三大庭園という、総て徳川時代の大名の作ったものの中で、私のつたない鑑識眼では兼六園が最も優れていると思う。今回訪れた時には池にはアオサギが魚を啄み、燕子花が群生していた。驚いたのは中国からの観光客の多さもしかり、聞きなれない言葉を話す東南アジアからのツアー団体客の多さである。それだけ東南アジアの人々も豊かになってきた証拠であろう。
 ちょうど、加賀百万石という徳川に次ぐ大大名だった前田家代々の至宝展示会が兼六園近くの県立美術館で開催されていた。そこでは、前田利家亡き後、幕府は隙あらばお家つぶしをと狙っていただけに、前田家の2代目、3代目等々は面従腹背をもとに、武力よりも藩内の芸術、文化に力を注ぎ、結果として明治維新に至るまで存続し、後世に残る職人の技術を残すことになった。今の金沢は太平洋戦争の時に米国からの爆撃を免れたという恩恵もあるが、やはり忍従し耐え忍んだ前田家の継続のたまものであろう。
 夜は2日間とも、久しぶりの牛筋を中心におでんを食べ満足した次第。おでん屋のママさんがいうことには「この新幹線が開通してから潤っているのは、海鮮丼屋とおでん屋」だという。特に海鮮丼関係のお店は行列を作って並んでいた。

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