10月に入った。今日も北海道北部に強い低気圧が居座って函館でも雨はないものの冷たく強い風が吹き通しである。既に暖房を点け始めた家庭も多いいのではないだろうか。
海岸を車で通った、「今はもう秋、誰もいない海・・」トワエモアの曲が頭をよぎるその秋は一挙に通りこされてしまいそうだ。しかし、港の観光地は国慶節の爆買いの人達の元気な?大きな?声で一段の賑わいを呈している。
褌子さん、どうして居られるのかな。このブログの総元締めが2月に筆を置いてから8カ月が経った。誰も居ない海にはしたくない。細々となけなしの頭で書き続けている者をじっと横で観察されているのも気味の悪いことだと感じている。中国語でなくていい何か日本語で吠えてくれ。そうではなく全く何か書けぬ事情があるなら仕方ないと諦めるが・・・。(その時は御免)
猫跨ぎ句鑑賞
・葛切やならまち坂道昼下り・・・暑い奈良で上品な冷えた甘味を食べている。中七にリズム感があって気持ち良し。
・夏の夜の鹿の眠れる地の湿り・・・鹿も犬と同様暑い夜は地面を少しでも掘って温度の低い所を探すのだろうね。下五の締りがいいね。
・飴売も灯籠の夜のひとりなる・・・飴売りの出てる御祭なんだろうか、いや灯籠が寺か神社の門前にありその前に老舗の飴屋があるのかな。そして下五のひとりなるでますます謎が深まってゆく。
・ほそみちの築地(ついぢ)の崩れ菊畑・・・ほそみち、築地の崩れ等は北国にはなかなか見付けられない素材だ。平安時代であれば崩れから芳しき菊姫が垣間見えたかもしれない。特選。
・みんみんに大和訛の徴あり・・・「徴」、しるしと読んでいいかな。蝉の鳴き声に訛りがありそうだという発想には賛成だね。
・秋晴の鴉は高く帰りけり・・・当方も鴉が多くその秋の挙動は類似してます。
・いつの間にひぐらしは止み伎藝天・・・この天女ひぐらしが止むまで何処で遊んで来たのかな。
・町へ出ぬ道かも知れず夏薊・・・この薊は道しるべとはならないのか。町に出なければ何処へ出ようとしてるんだろう。不安の掻き立たせ方が面白かった。準特選。
・青柿やひとつの思想地面に落ち・・・青柿が落ちるのは自然だが思想は時間軸に沿ってただ少しの変化しかしない様に私には思えるのだが。
・しらじらと貝殻の過去いなびかり・・・上五のしらじらとはどう捉えれば良いのか判らなかった。
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