2015年9月25日金曜日

27.9 仁句鑑賞 ・・・猫跨ぎ

 すっかり秋らしくなったですね。昨日、村上春樹原作の「海辺のカフカ」という芝居を見てきた。蜷川幸雄演出。なるほど、これが現代の演劇か。感心しきり、面白かった。
  最近の異様な三大事件。①在日ペルー人の無差別殺人②フォルクスワーゲンの世を欺く巨大インチキ事件③メッカの700人を越える圧死。世の中、全く何が起きるか判らないね。

まずは今月の仁句鑑賞

1.物置の隅からサーベル曼珠沙華
昨今の世相への懸念か。あるいは蛮勇をふるって打って出るか。(それはないか)
2.文明の利器に頼らず初紅葉
車で深山を巡らず、足を使えということかな。しかしもう車無しではやっていけない文明を作ってしまった。もっとも個人的には私は車を持たないが。
3.深爪をしない程度に居待月
つまり、中庸がいいという心だろう。
4.落蝉や二十歳のままに時停まる
落蟬なら、二十歳で命絶えたのだろうか。それは余りに儚い。心理的にはあの時のままということかな。
5.小吉でも良しとしようよ零余子飯
寅さんが言うような言葉だね。これも中庸がよしという感じ。
6.海風を器に満たし月の客
そういう文人的な来客なら歓迎だが。噛んでもスカスカの味のない人間が増えた。特選。
7.新蕎麦や楷書の墨の滑らかさ
行きつけの蕎麦屋の壁のメニューが書きかえられたらしい。気分一新というところ。準特選。
8.秋霖や綻び残し会議場
議事録、提案書なんかが綻びるのはわかるが、会議場がそうとは。形あるものは仕方がない。さっさと修繕すればと思うが。←ちょっと誤読かな。「~残す会議場」ならこうなるが、「残し」は連用形だね。ここで軽く切れるわけだ。三段切れとなってしまうなあ。
9.煎り止めたコロンビア豆鳥渡る
アメリカンコーヒーは煎りの浅いコーヒー豆を淹れたもの。だからレギュラーコーヒーをただ薄めたわけではないと喫茶店主は言う。しかしこの句の寓意するところは難しいね。
10.コスモスの風を諫めて居りにけり
何故諫めるのかな。風はおもむくがままに行かせるのがいいのに。
でも、これも出過ぎを誡めている。

今回は出過ぎを誡め、中庸が良しという東洋的な諦観に満ちた作品が多かった。最近の心境かな。

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