白鵬は日本に溶け込もうとして涙ぐましい努力をしている。今回の一件は、やはり彼我の違いに一種の無力感を感じているのではないか。
我々日本人は、組織に帰属する民族性をより強くもっている。力士は何より相撲協会の組織人たることを要請され、周りも無意識にそう信じ、疑わない。審判部はまあ、協会の中の不可侵の一組織なのだろう。力士が文句をつけるなんてあり得ない非常識ということになる。行司はその点弱いものだ。彼等の身分はどこかの部屋の部屋付きで、いうなればお飾りにすぎない。
中国人、韓国人、多分モンゴル人は我々に比べ遥かに個人主義が強い。こっちは命を賭けて勝負をしているんだ、疑問を呈したっていいではないか、と全く悪いと思っていない。今回、白鵬は見えない壁に取り囲まれていることを感じたのではないか。
ただ相撲協会を弁護すると、意外に開明的だ。ビデオ判定なんて随分昔からやっている。プロ野球はつい最近じゃないか。それから外人をどんどん入門させて、しきたりに溶け込ませて育成している。前近代的だといわれる筋合いはないと彼等は思っているのではないか。
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