どうも御批評ありがとう。ついでにすこし無駄話など。
最初の句は、せっせと鏡を拭いていて、花冷えの空に目をやる暇も無かったということで、登場人物は一人です。
ヒマラヤサクラは、小石川植物園での一句。ソメイヨシノ満開で公園中央は大変な人出だったが、公園の隅にひとり高々と花をつけていたのがこれ。私と同年配の男が声を掛けてきて教えてくれた。彼が言うにはこれが雲南から沖縄をへて日本にもたらされた。日本の桜のルーツという。ま、それはともかく、じつに清清しい咲きようだった。
ロシア領事館はまさに函館のそれです。札幌にもあるらしいが、我々の感覚からいうとソ連領事館というほうが馴染みが良い。ロシア領事館は函館だけ。
祇王寺は京都嵯峨野にある尼寺。夕方になると人が絶えて急にさみしくなる。祇王は清盛の寵愛を受けた白拍子。愛のさめたのをはかなんで尼になった。京にはこんな話が山ほどあるね。
訛りなき奈良のことばは、ふと気付いたこと。京都での「おおきに」「おいでやす」は今や観光言葉だろうがちょっとべたつくね。奈良はそれがなく、さっぱりして気持ちが良い。
二の腕への種痘はいつから無くなったかな。昔は何とも思わなかったが、思うに無神経なことをしたものだ。伝染病への恐怖はそれほど強かったのだろう。常識はいつの間にか変わる例だね。
2015年5月29日金曜日
2015年5月28日木曜日
函館通信2-26・・・鑑賞猫跨ぎ句・・・仁兵衛
ひでをさんの十和田紀行に観光地として様変わりがしてるのを残念がっていたが地方は必死なんですよ。生き残りにね。函館も今や中国人が来てくれなかったら静かな観光都市でのんびりとやって行けていたかも知れません。新幹線が来て中国人が金を落として行っても人口減少、見えない所での街の衰退は否めない様です。
津軽海峡を渡っていい季節がやって来ました。体調の方は相変わらず今一つですが句会をメインに気持ちがめげない様に注意しながら過ごしています。おっと!好きな競馬を忘れてた全く推理が当たりません。こんちきしょう。
さて今月も優れた猫跨ぎさんの句を鑑賞させて貰いました。
・鏡拭きゐて花冷えの空を見ず・・・先ず鏡を拭いている人と空を見なかった人はどうも違う人物ではなかろうかと思ったらその先が解らなくなった。
・ヒマラヤサクラ高きを揺らす涅槃かな・・・ネパールの地震かな。ヒマラヤサクラは見た事はないが雄大な感じに加え下五の締りが素晴らしい。準特選。
・永き日の猫居るロシア領事館・・・函館に残っていた古いロシア領事館もやっと観光資源化の波に乗りそうです。
・無蓋車はトンネルに入り鳥雲に・・・青函トンネルの上はまさに渡り鳥の通り道。新幹線も無蓋車もトンネルを共通に使います。
・祇王寺の方より来たる春の闇・・・浄土宗の尼寺「往生院」が真言宗の祇王寺に至る歴史を知らないので春の闇が浮いてしまった。
・瞑る目に初蝶の影一瞬・・・中学、高校の時高尾山に蝶を追いかけていた坊主刈りの自分が見えた。
・金平糖にほどほどの自我おぼろの夜・・・子供の頃金平糖は殆ど見た事が無かった。中七の表現が上手過ぎるんじゃない。
・訛りなき奈良のことばや軒暖簾・・・息子の嫁さんの実家が奈良だが言われてみるとそうかも知れん。
・金星や蛇寝静まる森の上・・・こういうメルヘンチィックな句に私は弱いんです。金平糖の句と較べひんやりとした感触が伝わり宇宙に迄拡がりを見せて呉れていることで特選。
・二の腕に種痘の跡の夏はじめ・・・今年は夏日になるのが異常に早い。しかし急に寒くなる事もあるので気を付けましょう。
津軽海峡を渡っていい季節がやって来ました。体調の方は相変わらず今一つですが句会をメインに気持ちがめげない様に注意しながら過ごしています。おっと!好きな競馬を忘れてた全く推理が当たりません。こんちきしょう。
さて今月も優れた猫跨ぎさんの句を鑑賞させて貰いました。
・鏡拭きゐて花冷えの空を見ず・・・先ず鏡を拭いている人と空を見なかった人はどうも違う人物ではなかろうかと思ったらその先が解らなくなった。
・ヒマラヤサクラ高きを揺らす涅槃かな・・・ネパールの地震かな。ヒマラヤサクラは見た事はないが雄大な感じに加え下五の締りが素晴らしい。準特選。
・永き日の猫居るロシア領事館・・・函館に残っていた古いロシア領事館もやっと観光資源化の波に乗りそうです。
・無蓋車はトンネルに入り鳥雲に・・・青函トンネルの上はまさに渡り鳥の通り道。新幹線も無蓋車もトンネルを共通に使います。
・祇王寺の方より来たる春の闇・・・浄土宗の尼寺「往生院」が真言宗の祇王寺に至る歴史を知らないので春の闇が浮いてしまった。
・瞑る目に初蝶の影一瞬・・・中学、高校の時高尾山に蝶を追いかけていた坊主刈りの自分が見えた。
・金平糖にほどほどの自我おぼろの夜・・・子供の頃金平糖は殆ど見た事が無かった。中七の表現が上手過ぎるんじゃない。
・訛りなき奈良のことばや軒暖簾・・・息子の嫁さんの実家が奈良だが言われてみるとそうかも知れん。
・金星や蛇寝静まる森の上・・・こういうメルヘンチィックな句に私は弱いんです。金平糖の句と較べひんやりとした感触が伝わり宇宙に迄拡がりを見せて呉れていることで特選。
・二の腕に種痘の跡の夏はじめ・・・今年は夏日になるのが異常に早い。しかし急に寒くなる事もあるので気を付けましょう。
2015年5月25日月曜日
27.5投句・・・猫跨ぎ
今週末、伊良湖岬からその先の神島へ行く予定。神島とは、三島由紀夫の「潮騒」の舞台となったところ。というわけで「潮騒」を急遽読んだ。三島作品としてはまことに異例な内容。健康的でハッピーエンド。ギリシャの小説「ダフニスとクロエ」をモデルにしたとか。映画が有名だ。今の人は三浦友和/山口百恵だが、我々の世代は、久保明/青山京子だね。浜田光夫/吉永小百合もあったな。
さて、今月の十句。
・鏡拭きゐて花冷えの空を見ず
・ヒマラヤサクラ高きを揺らす涅槃かな
・永き日の猫居るロシア領事館
・無蓋車はトンネルに入り鳥雲に
・祇王寺の方より来たる春の闇
・瞑る目に初蝶の影一瞬
・金平糖にほどほどの自我おぼろの夜
・訛りなき奈良のことばや軒簾
・金星や蛇寝静まる森の上
・二の腕に種痘の跡の夏はじめ
さて、今月の十句。
・鏡拭きゐて花冷えの空を見ず
・ヒマラヤサクラ高きを揺らす涅槃かな
・永き日の猫居るロシア領事館
・無蓋車はトンネルに入り鳥雲に
・祇王寺の方より来たる春の闇
・瞑る目に初蝶の影一瞬
・金平糖にほどほどの自我おぼろの夜
・訛りなき奈良のことばや軒簾
・金星や蛇寝静まる森の上
・二の腕に種痘の跡の夏はじめ
2015年5月20日水曜日
27.5 仁句鑑賞・・・猫跨ぎ
そうそうアヤメとカキツバタの違いは毎年聞いているが、忘れ、明年また聞くはめになる。アヤメの漢字は菖蒲だから始末が悪い。
さて、仁句鑑賞といこう。
・ カリヨンの音程狂ひ花去りぬ
カリヨンは組鐘のことね。教会なんかにある。女子校の部活にもありそう。函館には似合いそうだね。急に故障したのかな。
・ 髪刈りて店主皐月を語りだす
理髪店の理容師は商売柄話し好きが多い。私も今日行きつけのところへ行ってきた。LCCが好きで、よく遠方へ旅行して旅先の話をしてくれる。準特選
・ 消しゴムで消すこと出来ず五月来る
五月はなにか特別の記憶があるみたいだね。
・ 友の影リラの花咲く向こう岸
リラ忌だね。あの笑顔で元気にやっているのだろう、きっと。
・ 蝶々や掌にきて止まりそう
初蝶は不意にあらわれびっくりすることがある。生き物の不思議さを思わせるね。人間以外の生物は、現在只今しかないから、何処から来て何処へ行くのかなんか考えない。 考えるのは人間しかいない。餌をやっている野良猫がいる。もう老猫であと幾許もないが、しみじみ顔を見ながらお前の一生は何だったんだと言ったりする。向こうもそう思っているような顔でこっちを見ている。特選
・ 吹流し津軽を向くか松前か
鯉幟の吹き流し。津軽へは北風で、松前へは南風かな。
・ モノレール左座席に夏の富士
羽田から浜松町の東京モノレールかな。そういえば最近乗らないね。羽田へは専ら京急だね。羽田からは乗り換え無しのリムジンバスが多い。
・ 明易し人を惑わす血圧計
早朝の血圧測定かな。かなり細かく計っているのね。私は幸い血圧だけは正常。
・ スマホなき昭和に戻し新茶汲む
一向にスマホに触手は伸びないね。なくて一向に構わない。ガラ系というらしい。
・ 柿若葉米寿どうしの会話かな
俳句仲間に高齢の人が多いので自然に観察するが、一般に八十代は元気だね。ただ八十五を越すと、不意に転んだり、腰痛になったりする頻度が急に高くなる。
さて、仁句鑑賞といこう。
・ カリヨンの音程狂ひ花去りぬ
カリヨンは組鐘のことね。教会なんかにある。女子校の部活にもありそう。函館には似合いそうだね。急に故障したのかな。
・ 髪刈りて店主皐月を語りだす
理髪店の理容師は商売柄話し好きが多い。私も今日行きつけのところへ行ってきた。LCCが好きで、よく遠方へ旅行して旅先の話をしてくれる。準特選
・ 消しゴムで消すこと出来ず五月来る
五月はなにか特別の記憶があるみたいだね。
・ 友の影リラの花咲く向こう岸
リラ忌だね。あの笑顔で元気にやっているのだろう、きっと。
・ 蝶々や掌にきて止まりそう
初蝶は不意にあらわれびっくりすることがある。生き物の不思議さを思わせるね。人間以外の生物は、現在只今しかないから、何処から来て何処へ行くのかなんか考えない。 考えるのは人間しかいない。餌をやっている野良猫がいる。もう老猫であと幾許もないが、しみじみ顔を見ながらお前の一生は何だったんだと言ったりする。向こうもそう思っているような顔でこっちを見ている。特選
・ 吹流し津軽を向くか松前か
鯉幟の吹き流し。津軽へは北風で、松前へは南風かな。
・ モノレール左座席に夏の富士
羽田から浜松町の東京モノレールかな。そういえば最近乗らないね。羽田へは専ら京急だね。羽田からは乗り換え無しのリムジンバスが多い。
・ 明易し人を惑わす血圧計
早朝の血圧測定かな。かなり細かく計っているのね。私は幸い血圧だけは正常。
・ スマホなき昭和に戻し新茶汲む
一向にスマホに触手は伸びないね。なくて一向に構わない。ガラ系というらしい。
・ 柿若葉米寿どうしの会話かな
俳句仲間に高齢の人が多いので自然に観察するが、一般に八十代は元気だね。ただ八十五を越すと、不意に転んだり、腰痛になったりする頻度が急に高くなる。
2015年5月18日月曜日
燕子花・・・国兼
いずれがアヤメかカキツバタとよく言われる言葉である。燕の子の花をカキツバタと読む何かいわれがあるそうだが忘れた。
友達から、根津美術館で「尾形光琳生誕300年記念特別展」が開催されており、その絵と同時に日本庭園も一見に値するということで、一昨日見学に行った。渋谷の表参道の、かつてはみゆき族という若者が闊歩していた道路沿いにある。光琳の作品を、根津美術館所蔵の作品以外にあちこちの美術館や個人所蔵品を一堂に集めて展覧したためか、土曜日にもかかわらず満員状態でムンムンとし、入りきらない人が並んで待っていた。国宝の光琳作「燕子花屏風図」と「紅梅花」の周りには人が群れていた。 説明文章にこの光琳の群青と緑で描かれた燕子花の作品は業平の「伊勢物語:9段東下り」に触発されて描いた絵であるという。黒鉄ひろしのマンガ古典文学「伊勢物語」では、カキツバタを頭にして和歌を詠めという問いに、業平が「唐衣きつつなれにしうんぬん・・・」という和歌を詠んでいたのが描かれている。この有名な、記念切符をはじめとしてよく見るこの光琳の絵が、伊勢物語に由来していたとは・・。
広大な庭園の池にもこのカキツバタの青色の花がやや時期遅れであったが群生していた。庭のあちこちにどこから持ってきたのか古い仏像や灯篭等が置かれ、紅葉や檜、赤松、五葉松等が植えられ、この青山でよくぞこのような庭がと感心するぐらいの大きな広さと、その景観である。 根津嘉一郎という甲府出身のこの男は、東武鉄道をはじめとして各種鉄道事業で財を成したようであるが、この青山のかつては大名の屋敷を買い取って自宅とし、自分の集めた日本や中国の収集物を、また趣味の茶道具をも揃えて美術館として後世に遺した点は立派と言える。
話代わって、昨年の今頃、救急病棟から自宅に戻り不思議な感じであった。アノママソットと、仁兵えさんの句の中の消しゴムで消されたままでと思うこともあるが、せっかくの拾った命、拾命1年と考えている。
変わったことといえば、夜中に小便に起きるためか日中が眠たいこと(多分薬のせいだ)、そして煙草を止めたせいかご飯がおいしく、体重が増え続け、胴回りの自己新記録を更新中であり(まだ英蔵さんには及ばないが・・)、またその波及効果で背骨を支える筋肉のアンバランスのためか腰痛気味である。また、以前よく使っていた「やがてまた」とか、「そのうちにまた」とか「いずれまた」いう言葉を使わなくなったことである。身を持って明日という日はもう永久に来ないことを経験したためであろう。一昨年の流行語の「今です」、「今日です」と思う心が強くなった。褌子さんが昨年書いていた吉野の桜も4月に訪れた。上野の平成館で開催中の「鳥獣戯画展」も先週に見に行ったが、炎天下で2時間待ちということで、また脳梗塞になってもと思い諦めて帰った。いずれそのうちに?と。
函館通信2-24・・・生活雑感・・・仁兵衛
北海道もあっとの間に桜が散っていった。「大阪都構想」も僅差で否決されて静かになって行くのだろうか。何か残念な気持ちがいささか残ったままだ。桜が散って早くも七竈とライラックが満開になって来た。この時期は気温の変化が目まぐるしく一戸建てではストーブを点けたり消したりするが古いオール電化のマンションでは石油ストーブが使用出来ないので電気ストーブに膝掛け毛布ぐらいで我慢するという苦肉の策を講じている。函館は来春新幹線が来るのでそれに合わせ高品質なマンションの売り出しが活発だ。中国人に買い占められる前に如何ですかお知り合いにでも函館に興味を持たれた方がいたらお薦め下さい。売り文句は「花粉症がなくなります」「夏の暑さから解放されます」「お値段は都心の物件より半値以下?」と書いては見たが意外と無いものだな。
さて朝食の後片付けもしたし忘れない内に5月の十句出しておこう。
・ カリヨンの音程狂ひ花去りぬ
・ 髪刈りて店主皐月を語りだす
・ 消しゴムで消すこと出来ず五月来る
・ 友の影リラの花咲く向こう岸
・ 蝶々や掌にきて止まりそう
・ 吹流し津軽を向くか松前か
・ モノレール左座席に夏の富士
・ 明易し人を惑わす血圧計
・ スマホなき昭和に戻し新茶汲む
・ 柿若葉米寿どうしの会話かな
さて朝食の後片付けもしたし忘れない内に5月の十句出しておこう。
・ カリヨンの音程狂ひ花去りぬ
・ 髪刈りて店主皐月を語りだす
・ 消しゴムで消すこと出来ず五月来る
・ 友の影リラの花咲く向こう岸
・ 蝶々や掌にきて止まりそう
・ 吹流し津軽を向くか松前か
・ モノレール左座席に夏の富士
・ 明易し人を惑わす血圧計
・ スマホなき昭和に戻し新茶汲む
・ 柿若葉米寿どうしの会話かな
2015年5月13日水曜日
久々の小説 ・・・猫跨ぎ
皆さんお元気そうでなにより。当方も相変わらずだが、直近では読書の日々だった。思うところあって、村上春樹の「海辺のカフカ」と「ねじまき鳥クロニクル」を都合四日間ぶっ通しで読んだ。一応彼の文学の感じが判った。身体と心、生と死、現実と無意識、これらの境界線の踏み越え、回帰、なんかが、まあ内容だが、それはともかく何故世界中でかくも若者の間で読まれているのか。或る切実な問題意識は若者共通にあるのだろう、何となく感じは判る。末尾で現実世界にもどり、一定のカタルシスは味わえるが、根本的な疑問は残る。かくして次の展望はどうなるのか。もっとも、それを提供できるのはオカルトだろうが。色々考えさせる材料は提供してくれた。
考えてみれば本格的に小説を読んだのはいつかな。札幌での「カラマーゾフの兄弟」以来じゃないか。でもまだ読む気力は残っているらしい。それが確認できただけでも収穫だ。
考えてみれば本格的に小説を読んだのはいつかな。札幌での「カラマーゾフの兄弟」以来じゃないか。でもまだ読む気力は残っているらしい。それが確認できただけでも収穫だ。
2015年5月12日火曜日
おひさしぶり・・・・・・逸徳
しばらくこの欄にご無沙汰していたら、うれしいことに仁ちゃんから「生きているか」と電話をもらった。うん、生きているよ。 しかし電話いただいたこと、そのこと自体がうれしい。単純にうれしい。
今日、地元の小学校の学校評議委員というやつをやらされていて、学校に授業参観にいった。IT化の浸透がすごい。 スマホすら受け止めかねている爺さんには、先生がタブレットというやつのカメラで発表児童のノートを写すと、それがそのまま前の大型テレビに出てきたり、子供たちがインターネットを使いこなすのを見せられて、びっくりしてかえって来た。教科書もディジタル化しており、必要に応じてそのページがタブレットに出てくる。 そんなの見ると「教科書を大事にしなさいっ」と子供に怒っていたおいらたちは何なんだ。 思えば遠くまで来たものだという感じ。
で、帰ってきたら仁ちゃんからの電話である。あっというまに1000キロかなたの知り合いと簡単に話ができる。このような我々をとりまく生活空間、情報空間の急速なIT化は、いったい我々の感性にどんな影響をあたえるのだろうか。
生きているということのイメージについて書いてみたい。
・・・・深い霧のようなものが流れている。今が夜なのか昼なのか、時間はよくわからない。 ときどきその霧のかなたのいろん方向から、いろんな音が遠く、近く聞こえてくる。 密々とした霧は流れ続ける。そんな中をたった一人であるきつづけているのである。歩いていく方向の、この霧のかなたに何があるかは、さっぱりわからない。 そのうちにふと気が付く。 自分のすぐ近くを誰かが通りすぎていったり、前や後ろを横切ったりしているのである。 だが霧は深く、それはどんなやつなのかはさっぱりわからない。・・・で、霧の中を歩きつづける。そのうちにまた気が付くのである。あれ?
おいらのすぐよこに、おいらと同じ方向に歩いているやつがいる。そいつはおいらに近寄ったり離れたりしているが、やっぱりどんなやつかよくわからない。 あっ、いやそいつは一人ではないぞ。とにかく右にも左にも、霧の中を同じ方向にぞろぞろ歩いているやつがいる。その連中が持っている小さなカンテラの光が、霧を通して、ぼーっと見えたりする。そのうちにその一人がすっとよってくる。「やあ・・・」「おう・・・・」顔もよく見えないが、確かに挨拶が交わされる。そうすると、また離れていくのだが、彼と交わした挨拶のぬくもりがこだまのように、心のなかに小さな振動を起こし続けている。その余韻を静かにあじわって、また一歩歩き出す。どういうわけだか、哀しいとか嬉しいといった感情の動きはほとんどおこらないのである。霧はすべてを飲み込んで密々と流れつづける。
で、この時おいらと同じ方向に歩いているやつが、おいらと「いっしょに生きている」やつなのである。
よく見えない。だが、確かに誰かがいっしょにあるいているということに、深い安定感がある。ああいつか霧は晴れるのかなあ・・・・で、何かに出会ってふと心が動くと、ちらりと「ああ。あいつだったら何というかなあ」などとつぶやく。こういうやつがよこに歩いていることは、いいことだ。
といったようなのだが、この「すぐ横でいっしょの空間に生きている」やつというのは、イメージとしては心理的空間なのだが、やっぱり物理的な距離も関連している。今までは・・・・。これがITの進展で物理的距離の意味がなくなると、おいらたちにとって,感覚の深いところで、何か「生きている」ということの感じが変わってくるような気もする。それがいいことか悪いことかは、よくわからん。
今日、地元の小学校の学校評議委員というやつをやらされていて、学校に授業参観にいった。IT化の浸透がすごい。 スマホすら受け止めかねている爺さんには、先生がタブレットというやつのカメラで発表児童のノートを写すと、それがそのまま前の大型テレビに出てきたり、子供たちがインターネットを使いこなすのを見せられて、びっくりしてかえって来た。教科書もディジタル化しており、必要に応じてそのページがタブレットに出てくる。 そんなの見ると「教科書を大事にしなさいっ」と子供に怒っていたおいらたちは何なんだ。 思えば遠くまで来たものだという感じ。
で、帰ってきたら仁ちゃんからの電話である。あっというまに1000キロかなたの知り合いと簡単に話ができる。このような我々をとりまく生活空間、情報空間の急速なIT化は、いったい我々の感性にどんな影響をあたえるのだろうか。
生きているということのイメージについて書いてみたい。
・・・・深い霧のようなものが流れている。今が夜なのか昼なのか、時間はよくわからない。 ときどきその霧のかなたのいろん方向から、いろんな音が遠く、近く聞こえてくる。 密々とした霧は流れ続ける。そんな中をたった一人であるきつづけているのである。歩いていく方向の、この霧のかなたに何があるかは、さっぱりわからない。 そのうちにふと気が付く。 自分のすぐ近くを誰かが通りすぎていったり、前や後ろを横切ったりしているのである。 だが霧は深く、それはどんなやつなのかはさっぱりわからない。・・・で、霧の中を歩きつづける。そのうちにまた気が付くのである。あれ?
おいらのすぐよこに、おいらと同じ方向に歩いているやつがいる。そいつはおいらに近寄ったり離れたりしているが、やっぱりどんなやつかよくわからない。 あっ、いやそいつは一人ではないぞ。とにかく右にも左にも、霧の中を同じ方向にぞろぞろ歩いているやつがいる。その連中が持っている小さなカンテラの光が、霧を通して、ぼーっと見えたりする。そのうちにその一人がすっとよってくる。「やあ・・・」「おう・・・・」顔もよく見えないが、確かに挨拶が交わされる。そうすると、また離れていくのだが、彼と交わした挨拶のぬくもりがこだまのように、心のなかに小さな振動を起こし続けている。その余韻を静かにあじわって、また一歩歩き出す。どういうわけだか、哀しいとか嬉しいといった感情の動きはほとんどおこらないのである。霧はすべてを飲み込んで密々と流れつづける。
で、この時おいらと同じ方向に歩いているやつが、おいらと「いっしょに生きている」やつなのである。
よく見えない。だが、確かに誰かがいっしょにあるいているということに、深い安定感がある。ああいつか霧は晴れるのかなあ・・・・で、何かに出会ってふと心が動くと、ちらりと「ああ。あいつだったら何というかなあ」などとつぶやく。こういうやつがよこに歩いていることは、いいことだ。
といったようなのだが、この「すぐ横でいっしょの空間に生きている」やつというのは、イメージとしては心理的空間なのだが、やっぱり物理的な距離も関連している。今までは・・・・。これがITの進展で物理的距離の意味がなくなると、おいらたちにとって,感覚の深いところで、何か「生きている」ということの感じが変わってくるような気もする。それがいいことか悪いことかは、よくわからん。
2015年5月11日月曜日
東北3県の旅(1)・・・ひでを
久し振りの投稿です。
4月の例会はしみじみと、心に残るものでした。桜は散ってしまっていましたが。
さて、5月連休には、ツアーを利用して東北の桜巡りの旅に出かけてきました。2泊3日のつましい旅です。初日は新幹線で北上駅に降り立ち、観光バスで移動、最初の絶景地(?)、北上市営公園に行きましたが、ソメイヨシノは全滅、かろうじて枝垂れと八重がまだ何とか見られる程度でした。残念ながら、桜に関しては報告すべきことは無かったということです。しかし、桜を除けばいい旅だったと思います。最初の宿泊は十和田湖畔のホテル。実は北大一年生の時に、帰省の途中に立ち寄ったことがありました。目的は湖畔の乙女像です。まだ出来て10年経たない頃、制作当時18歳の女性がモデルということでした。なんとなくまぶしくてまともに見られなかったという思いがあります。調べてみると昭和28年末、高村光太郎の最後の作品です。十和田湖へは奥入瀬の渓流に沿った道をゆっくりバスは進み、大町桂月が滝や岩に名前を付けてくれた話をガイドさんが説明してくれました。湖畔に着くと、双胴の観光船で湖を回遊し、十和田の自然を楽しみました。宿に着き、一風呂そして食事後二風呂浴びてやすみました。翌朝早起きをして、散歩がてら52年振りに湖畔の乙女に会いに行きました。道々、国民宿舎、ペンション、宿屋、飲食店、みやげ物屋等、それと分かる「晒しもの」となっていて、世界の景勝地を自称していたのが嘘の様な有様にぞっとしました。乙女の姿は少し色褪せてはいたが、昔ながらに凛として希望に燃えていましたが、多少愁いを帯びているように見えました。ガイドさんに聞くと、こんなにお客さんの多い十和田湖は久し振りとのことでした。
(3首詠みました。俳句は私には難しいので。)
桂月が名付けし滝や岩の名を 聞けば合点奥入瀬の道
五十年振りに会いたり 春の日の乙女の像は愁いを包む
紅葉と見惑う若葉映す岸 嘗ての栄華露と消え去る。
続きは気ままに後ほど
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