2015年8月26日水曜日

芝不器男がいた・・・猫跨ぎ

前段の思い出については哀悼の意を表したい。後半の部分は、これを言いたかったのか。
たまたま考えていたので採り上げるが、芝不器男という俳人がいた。 芝不器男は明治36年生、昭和5年没。二十七歳に満たぬ一生だった。句歴は四年ほどであるが、現代俳句に与えた影響は大きい。「夭折」がこれほど相応しい俳人はいない。彼を思う度に、長い経験、一途な精進などの尊重されるべき言葉が、詩にとって如何ほどのものなのかと茫然とするのである。
  何を言いたいかというと、十代、二十代に、情緒、感性はできあがる。それは詩であり音楽であり絵画だろう。自分ごときを同列に論ずるつもりもないが、その頃の感覚は完全に引き継いでいるといってもいい。
しかしね、世の中の事柄、つまり社会的問題意識は違う。もろもろの経験を積んで形成されて行くものだ。単純な情緒的な正義感がいかに判断を過つか。極端な例だが、紅衛兵を見てもいい。私はそのころの自分の社会的問題意識について情緒的に懐かしむが、実質的には一顧だにしない。

2015年8月25日火曜日

思い出・・・・逸徳

大学のころ、友人に一人の男がいた。札幌西高出身で、おいらと同じサークルに入り友人になった。やさしい男で、確か東京オリンピックの入場式は、彼のお宅のカラーテレビで見たのを覚えている。サークルにはもう一人女性の友人がいた。彼女は最初藤女子大に入ったが、1年でやめて
北大文学部国文学科に入り直したという才媛である。専攻は万葉集だったと思う。確か出身は、札沼線の途中の小さな町で、冬にみんなで遊びに行ったことがあった。温厚な人だった。彼女は院に進み、国文学の研究者になり最後は、札幌学園大の教授になって退職したと思う。

彼と、彼女はやがて交際するようになる。彼は、理学部の第二化学科に進み、院を出てやはり研究者になる。最後は結核研究所の助教授になった。専攻はアフリカの熱帯病のウイルスの研究ではなかったか。そしてやがて二人は結婚した。化学と国文学の研究者どうしの家庭である。静かな夫婦であった。おいらと、彼ら夫婦の接点はサークルでの児童文学の研究会だった。よく議論した。児童文学における政治と文学の関係。当時は政治の季節だった、児童文学の世界観において基本的に現実を肯定する姿勢を「向日性」というが、この言葉を覚えたのも彼女との議論だった。 まじめで楽しい世界だった。

ところが30代後半になって、彼が突然自殺する。研究のいきづまりという説があったが、遺書はなく
真相はわからない。結核研の屋上から飛び降りてしまった。 真面目な性格であり、困ったときはまあいいや、明日にしようという所がない。それがあだだったのかもしれない。道新が「新進気鋭の北大助教授の謎の自殺」という特別記事を書いたのを覚えている。

 そして、残されたものは傷つく。さまざまに傷つき、重い荷物を背負うのだ。そしてなぜ死んだんだという答えのない質問を反芻する。それはつらいことだ。残された彼女と何回か交わした手紙の中で、ずっと後になってから彼女がポロリとこぼした言葉で、非常に印象的な言葉がある。
「結局、人間は10代から20代の初めに考えていたことは、いつになってもずっと考えているんだね」

 ああ、おいらは、その言葉に深く同意する。それは同時に、その時を生きてきた彼女と彼の関係のかけがえのない時間への深い愛情の表現でもあるのだろう。そしていつもこの言葉を思い出すと、じゃあおいらは何を考えていたのか、それは今でも考え続けているのかということを自問するのだ。ちゃんと燃えていたか。

時が流れた。おいらは教師になり、多くの愛すべき若者たちど出会うことができた。彼らがいとおしい。本当にいとおしいとしかいいようがない。そして、その延長線上に、東京で展開されている高校生のデモに参加する若者たちがいる。youtubeでその動画を見ると、まぎれもなくあのころの彼や彼女の顔がある。そこで流れる時間を抱きしめたいと思う。それはおいらたちの出発点だった。がんばれよ。

そして、その時間の流れの先に今の自分をおきたい。そこから自分はそんなに変わってはいない。あの頃考えていたことはちゃんと今も考えているつもりだ。だから「あのころおいらは若かった」などと完了形て゛あの頃考えていたことをそんな言葉でくくって終わりにはしない。口が裂けてもそれは絶対にいわない。あれはあれでまぎれもなく、今に続いている真実である。でないと死んだ彼にもうしわけないと思ってしまう。

彼の墓は茨戸にある。冬になるとなかなかたどり着くのが大変な場所だ。墓参りにいきたいがまあ急ぐこともないだろう。もうすぐあえる。


2015年8月24日月曜日

ほのほ無く・・・猫跨ぎ

仁兵衛氏の拙句鑑賞記でひとこと。
・ほのほ無く写真の燃ゆる敗戦忌 ・・・ この敗戦忌は戦争に負け死んでいった人を弔うだけの狭い意味で取っていいんだね。
それも含むが、もっと広く解釈して戴ければ。陽の下で紙類が燃えるとき炎が見えずじりじりと 延焼が続く。終戦後のこの国の何かが失われていったことを象徴したかったのだが。
その下のドリアンの棘は、白日傘の骨と突起に響き合っている。なんか不安感が表現されていれば。つまりね(笑)、意図としては、ちょっと象徴性を考えているつもりなんだけれど。

夢違・・・猫跨ぎ

そうかい。おかしいのかもしれないね。
さて30日に何かあるのかい。そうだな、昭和35年、北海道の田舎でも高校生デモが あった。あの頃の空気感を思い出す。終わって何もなかったように憑き物が落ちたようなことだった。まあ、万犬、虚に吠えるという事じゃなかったか。おっと失礼。
年のせいかこんな夜更けに目が覚める。奈良で夢違観音像を見てきた。こていな可愛らしい顔をしている。悪夢を良き夢にかえてくれるらしい。また一眠り。

ニッセさんとは・・・・逸徳

ニッセさんって、頭文字がおいらたちの仲間の名前と一致する、確かロシア語に堪能?な、人でしょう。お師匠、これでわからなかったらあんたあぶないのでないか。

さてニッセさん、国会議事堂いいねえ。静岡からは遠いので、こちらは掛川でちいさな会に参加する。終わったら東京の方にむけてビールで乾杯しよう。 熱中症にお気をつけを。 

2015年8月22日土曜日

函館通信2-34・・・猫跨ぎ句鑑賞・・・仁兵衛

ここの所すっかり秋めいて来た。
ニッセさんとやら襖紙の交換のお仕事ご苦労様です。余程器用な方とお見受けいたします。紙交換の注文を出してついでに襖絵を描いて貰いサインを入れて貰おうかと思いましたがマンションには襖がありません。特別注文を出す事は出来ませんので悪しからず。更に30日には国会周辺をデモされるとか大変ご苦労様です。くれぐれも御怪我をされない様に御気を付け下さい。

さて猫跨ぎ氏の俳句鑑賞と行きましょう。
何か全体に軽妙さが感じられウキウキしながら楽しませて貰いました。何かな此の何時もと一寸違う感じは。

・忘れられた麦藁帽に海の音 ・・・麦藁帽子と来たら海水浴だよね。鮫にご注意! 
・苦瓜や昨日の夢の憑依なほ・・・余程昨日の夢は怖そうな夢だった様ですね。苦
瓜と夢の憑依との取り合わせに惚れました。特選。
・合切袋の男かくまふ夏暖簾  ・・・何か男女の微妙な関係が想像されるのだが。和服を着て合切袋を持った粋な男も考えられたが・・・果たして?
・罌粟咲いて漢方薬に副作用 ・・・罌粟からは阿片・モルヒネを製するとある。 
・浴衣着のペコちやんとゐる雨宿り ・・・浴衣の不二屋のペコちゃんはかわいいし懐かしいね。 
・ほのほ無く写真の燃ゆる敗戦忌 ・・・ この敗戦忌は戦争に負け死んでいった人を弔うだけの狭い意味で取っていいんだね。
・千疋屋のドリアンの棘白日傘 ・・・千疋屋で高級なドリアンを買う和装の麗人か。
俺の所に土産で持って来て呉れるのかな。 
・青柿の落ちて隣家の長き留守・・・柿若葉は若葉の中でも一番の柔らかさを感じる。それに比べ青柿は食べれないし無用さしかない。ましてや隣の家の物では迷惑にさえ思えて来てしまう。こんな気持ちを思い出させて呉れた。準特選。  
・帰省子の両の手に抱く紙袋 ・・・駅や飛行場で良く見たよ。 
・くろがねの重き自転車氷旗・・・兄貴が水の事故で死んだ多摩川の河川敷に来ていたアイスキャンデー売りだね。60年の年月が経った。

誰かな ・・・猫跨ぎ

ニッセさんは確かに記憶があるが、その時もどなた?と訊いたはずだが答がなかったね。褌子氏と昵懇らしいが他はだれも知らないのでは。偽のパロディかな。まさかね。誰かな。話はそれからだね。

2015年8月21日金曜日

8月30日・・・ニッセ

暑い日が続きましたが、朝晩は窓を開けて外気を取り込めばエアコン無しで
過ごせるようになりました。
皆さんはどうされているかなと、久々に”horohorokai"をクリックしました。

私の投稿は、五本さんの写真以来です。
あ、もうひとつ有りました。”21世紀の資本論”でした。

常連の管理人さんの投稿がこの数ヶ月まったく無いですね。
忙しいでしょうね。

私の最近の状況は、二つ目の会社も辞めて毎日趣味の大工仕事です。
今は、襖紙の交換をしていますが、水を掛けて、紙を剥がし、翌日
見ると合板が部分的に剥離しそれが伸びて凹凸になっていました。
(おそまつ、水は必要最低限で処理するとのことでした。)
30年前の襖は今と違って2枚の合板の釘無しの嵌め込みタイプでした。
2.5mmの合板を買ってきて、襖の再組み立てからの作業になりました。

さて、件名の830日ですが、“日刊ゲンダイ 830日”で検索すると
すぐ出てくると思いますが、 83日の記事で“安保反対10万人デモ”の
意義について記載されています。
ということで、私も午後2時過ぎには、国会周辺に出かけることにしました。
で、他に参加者がおられましたら、終了後ビールでもと思って投稿しました。
私の携帯番号は管理人が知っていると思います。

では。


2015年8月19日水曜日

27.8投句、並びに恐山・・・猫跨ぎ

  下北半島から函館へとのことだが、下北へ行くなら、恐山へ寄るのがいい。出来れば宿坊に一泊。奇怪な風景のなか東北の霊場の雰囲気にひたるのも悪くない。夜、漆黒の部屋に一人いると時に足音とか幽かな人声などが聞こえる、ような気がする。ヒヒヒヒ。
さて、一ヶ月は速いね。八月度投句といこう。奈良行の前の句ばかり。念のため。

・忘れられた麦藁帽に海の音   
・苦瓜や昨日の夢の憑依なほ   
・合切袋の男かくまふ夏暖簾   
・罌粟咲いて漢方薬に副作用   
・浴衣着のペコちやんとゐる雨宿り   
・ほのほ無く写真の燃ゆる敗戦忌   
・千疋屋のドリアンの棘白日傘   
・青柿の落ちて隣家の長き留守   
・帰省子の両の手に抱く紙袋   
・くろがねの重き自転車氷旗   

2015年8月18日火曜日

27.8 仁句鑑賞・・・猫跨ぎ

  きのう奈良から帰ってきたとこ。東大寺の万燈供養会を見たくてね。暑いさなかではあったが善男善女の一員となり千年の悠久に思いを馳せたわけだ。黄泉の彼方へ行ったのではないかと御心配の向きもあったらしいが、残念ながらちょっと手前。という気分ではなく、全くの興味から。しかしもう疲れた、年には勝てない。奈良の話はまた後ほど。

8月度仁句鑑賞といこう。
1.朝顔や咲けば数える癖のまま
朝のささやかにして愉しい習慣。おうおう咲いたか、というわけだ。〈朝顔や咲けば数えるだけのこと〉とちょっと突き放した見方も面白い。
2.行合の空に涙す鴨居玲  準特選
鴨居玲という画家は詳しく知らない。下着デザイナーの鴨居羊子の弟とか。こういう異形の表現者というのは血筋なのかな。行き合いという言葉に格段の知識はないけれど、この画家にはむしろ他者との遭遇というイメージを峻拒する姿勢を感じるけどね。
3.冷奴夕刊配り終りけり
これね、このままだと作者が夕刊配達してしまうことになる。そうだとして、仕事をおえての冷奴ということ。取り合わせがあまり効いていないなあ。
4.語部の雲間に消へて原爆忌 特選
語部の二代目の養成が話題になってるね。原爆投下からもう70年だからね。年月は容赦なく押し流してゆく。「お詫び」が取り沙汰されているが、アメリカは一度でもお詫びを言ったかね。この前のテレビで、広島を訪れた原爆製造関係者が、さんざん原爆資料館の惨状を見聞きしたあと、死者へお詫びの言葉を一言という被爆者に対し、「No, Remember Pearl Harbor.」とやり返して、場を凍らせていた。今でもこんな認識なんだ、この連中は。謝れに対して、反射的に反発する性とは思うが、何せスカスカの頭の構造だ。語部どころかろくな記憶もないのでは。
5.脂ぎる一膳飯屋秋に入る
焼肉定食か焼鯖定食で、その前に取りあえず生ビール。秋に入っての一風景。
6.盆の月くぼみの浅き水溜り
水溜まりは普通、浅いから当然だけど。盆の窪との連想かなあ。
7.探査機の行く星の先沙羅の花
日本の探査機は小惑星群、アメリカのは冥王星以遠とか。沙羅双樹は釈迦の涅槃に入ったときに四囲に咲いていた。悠久の世界。
8.六分の停車時間や流れ星
逸徳評への自句自解で判りました。
9.空蝉や国破れては山河なし
これ国家観?
10.紙花咲きぬ蜩の声とほくから
 これも自句自解があったので。

そりゃそうだ・・・・・逸徳

このへんでいつもなら、必ずお師匠が出てきて、一席何かいうのだが、音沙汰がない。おーいだいじょうぶかあ。こんな暑い時に先にいくなよぅ。 だいたい暑くって黒い服着るのがいやだ・・・何いってるんだろう。静岡は熱帯、暑さぼけの妄言深謝。

そりゃそうだ、冬の寒さを忘れていた。仁ちゃんの言うとおりだが、さむさは何とかにげれる。だが暑さは逃げようがないのである。クーラーは使わないように頑張ってみているのだが。

 で、どっか逃げ出したい。ただし人間のいないところだ。人間はもういい。というわけで前に下北のことを書いた。やっぱり下北から函館の航路がいい。というわけで、突然仁ちゃんの顔を見に函館に出現するかもしれん。おいらは、予定を組まない旅行が好きなのだ。

褌子さんも元気かな。まああれはふんずけても死なんだろう。   ではでは。

2015年8月17日月曜日

函館通信2-33・・・秋めきて・・・仁兵衛

逸徳さん早速のご評価有難う御座います。
暑いのがずるいと云われても冬の寒さをここで想像して欲しい。
あの-20度に凍ったツルツルの歩道を歩く事を思うと収支バランスが合うんじゃないだろうか。自然には公平さが少しはあると思うけどね。

さて鴨居玲だがたまたま今函館美術館で作品展をやっている。じっくりとその暗い自画像と向き会っていた。なかなか好きにはなれなかったよ。
所で「行き合い(行合)」の言葉はどこで見付けたのか思い出せないのだが実は歳時記には無く季語でなさそうだ。ただ言葉の意味が既に季節を現しているのでそのまま使用した。猫跨ぎさんご意見を聞かせて下さい。

次は「六分の停車時間」、小学校時代の友人夫婦が札幌発寝台特急カシオペアで東京に帰る途中、函館駅で機関車をジーゼルから電気に交換する為六分停まった。この僅かな時間に互いの無事を確かめ旧交を温めた。周りでは鉄道マニアが十人以上カメラを持って交換風景を忙しく撮っていた。午後九時過ぎの事。

紙花=死花、伯父が先日亡くなった。浄土真宗の坊さんが読経の後の説話の中で何か由来を説明していたが忘れた。兎に角棺の上に紙で作った花が置いてあった。函館の火葬場は函館山の外人墓地の更に奥にある。

2015年8月15日土曜日

いや暑い・・・・逸徳

仁ちゃんの前回の投稿を見てから、ちと投稿をと思ったが、暑くて何も気力が起きなかった。昼間は昼寝でもしてと、二階の風通しのいいところで横になり扇風機を回すととにかく熱風で、がっかりする。
お師匠はだいじょうぶかな。熱中症にお気をつけを。 
 最近の国会を見ていて、8月のはじめに、それに対する高校生のデモがおこり、これが思ったより反響があって、SNSの効果か5000人も集めたというのが、面白くて、これを見ていてなかなかまとまったことがかけなかった。今の高校生、演説がうまい。それにくらべて既成の運動家、バターンにはいりすぎ。シュプレヒコールなんて完全な死語になっていたのを知った。

 悪いのは暑さ。毎日昼にカンチュウハイをあけて、暑さをしのいでいる。やや依存症かも。 
で、自分でやれる抗議行動ということで、最近おいらもメンバーである「菊川市憲法9条の会」がやっているブログを書き始めた。http://ameblo.jp/9jou-kikugawa/entry-11646068677.html
 暇なときにのぞいて。

で仁ちゃん句である。函館は暑さがそれほどでもないと聞いて、思わず殺意を覚えた。あんましだ。神様、不公正だ・・・・ あんまし暑いと不条理な攻撃意識が刺激される。 誰かに石でもぶつけたくなる暑さなのだ。チクショウ・・・・

こころにのこったものを。


1.朝顔や咲けば数える癖のまま ・・・・・ よくわかる光景だが、何か半端に放り出された感じ。癖のまま・・・どんな世界につながるか、そのヒントがない 
2.行合の空に涙す鴨居玲・・・・・行合の空という言葉がわからず、検索して感心した。そこではじめて鴨居玲が出てくるのがわかる。彼の作品と生き方(確か自殺していないか)を見た経験者には行き合いの空に涙す、がすごくよく伝わる。文学的虚構というべきかもしれないが、見事。 特選
3.冷奴夕刊配り終りけり・・・・・ 労働というものが管理されていない、というよりも労働すら一つの日常風景として存在している、映画「3丁目の夕日」の世界を連想した。
4.語部の雲間に消へて原爆忌・・・・・・ これも困る。読者はほうりだされる。語り部はまだ消えてもらいたくないのに。勝手に消えるな。
5.脂ぎる一膳飯屋秋に入る・・・・・・いいねえ、一善飯屋だ。庶民の生命力の交差点。当然脂ぎるのである。ここには上品な料理なんかいらない。さんまの煙や、ブリ大根だな。当然酒はコップ酒。好きな世界。準特選。
6.盆の月くぼみの浅き水溜り・・・・・ 俳句をつくるということは、この世界と向き合って、何も考えずに、ただ周囲を受け入れるのだろう。なんかそういう安定感をかんじたが、まてよ、これ盆に水を張って月を映しているのかなあ。だとすれば、あまりにも風流な。
7.探査機の行く星の先沙羅の花・・・・・はやぶさ2はどこまで行ったかなあ。還ってくるのを見届けて死にたいなあ。 その先に「盛者必衰の理をあらわす」沙羅の花をおいたのは、作者の意図したことなのか。
8.六分の停車時間や流れ星
仁ちゃんは、汽車を使ったこういう句がうまい。確かだいぶ前にもにたような句があったなあ。汽車とは人生そのもの。6分の停車時間は何を意味するのか。ふと夜空に目を上げると流れ星が。いいなあ。この汽車、釧路本線、狩勝峠あたりがいい。もちろんSLだ。「真夜中の倶知安駅を降りゆきし女の髪の傷の古さ」を思い出した。あれは啄木かな。 特選
9.空蝉や国破れては山河なし
ようするに国も山河も、わが想いも行先なし。どこにいけっていうんだ。
10.紙花咲きぬ蜩の声とほくから 
・・・・・ごめん紙花がよくわからなかった。

暑さが続く。。。各々方。くたばりませぬよう、。

2015年8月13日木曜日

函館通信2-32・・・寂しさや・・・仁兵衛

残暑お見舞い申し上げます。
寂しいね。31報を出して32報が続くとは。余程今年の夏の暑さは異常と言えるのかも知れない。しかしまだ続きそうだから皆さん覚悟の上身体にはくれぐれもご自愛ください。
皆さんには悪いけど函館は今日は勿論クーラー無しで部屋を吹き抜ける風も肌に秋を感じさせてくれています。
今月の十句送ります。ご批評宜しくお願いします。

1.朝顔や咲けば数える癖のまま
 
2.行合の空に涙す鴨居玲

3.冷奴夕刊配り終りけり

4.語部の雲間に消へて原爆忌

5.脂ぎる一膳飯屋秋に入る

6.盆の月くぼみの浅き水溜り

7.探査機の行く星の先沙羅の花

8.六分の停車時間や流れ星

9.空蝉や国破れては山河なし

10.紙花咲きぬ蜩の声とほくから