むつかしいことをむつかしいことばでいうのは馬でもできる。 むつかしいことをやさしく、そして深くいうのはほんとにむつかしい。 そこでこの欄の読者諸氏に問題を提供したい。 いい知恵があったらご意見を賜りたい
小学校4年を想定する。このころの理科に電池のつなげかたというのが出てきて、子供たちははじめて直列と並列を学ぶ。で、それぞれに豆電球をつけたらどっちの方がよく光るかという問題がある。これはもちろん直列である。 ここでご注意いただきたい。相手は4年生だ。まだ電圧も電流もやっていない。 たとえ話でおしきるしかない。 そして、そのたとえ話はそのあとで、子供たちが電圧や電流(ボルトやアンペア)を学んだ時に、その勉強のさまたげになってはいけない。つまり科学的には正しいイメージのたとえ話でなくてはならない。
そこで、この問題では電流はしばしば水の流れにたとえられて、電線は水道管のイメージでたとえられる。それはいい。
ところがだ。この後で「直列と並列ではどっちのほうが電池のもちがいいか」という問題が出てくる。みのまわりに小学校の先生がいないので、現場ではどういう教え方をしているか、現時点ではよく知らない。 そこでハタとこまった。 どういう説明をするか。 さらに一歩も二歩もさがって高校生にボルトやアンペア、内部抵抗などの概念を使ってもいいとして、どういう説明をするか。 よくわからないのである。 うーんこまった。 ずっとうまいたとえばなしを考えているがよくわからない。みなさん、孫に聞かれたらどんな説明しますか。
1998年に京都の国際文化センターの学者たちが、それぞれのテーマで隣の市立桂坂小学校で小学生に授業をやった経験が、小学館文庫から「小学生に授業」というタイトルで本になって出されている。これがおもしろいのだ。当代一流の学者たちが小学生にわかるようにということでそれこそ七転八倒の苦しみで頭をかかえて悩んでいるのである。それ以後「小学生の授業ができないようでは一流の学者ではない」というジョークがうまれたのである。
つくづく思う。むつかしいことをむつかしくいうのは馬でもできる。これ名言でないかい。
2018年1月28日日曜日
2018年1月26日金曜日
なんだか また褌子さんとおいらになってきたな
まあいいや。 ちゃんとした読者がいるのだという事を信じつつ、書いていこう。
しかしまあ、静岡もひどい風がふいている。雪は降らないがしんどくも心に突き刺さる寒さである。なんてことを書いていたら北海道は-31度だという。昔、低温研究所の低温実験室を見学したとき-50度くらいの空気を体験した記憶がある。寒くはなかった。ただひたすらにいたかった。
確か中川さんの熱力学のフェルミの購読で、スキーはなぜすべるかという話が出てきて、議論になり、理学部横にあった低温研究所の分室みたいなところで、低温研究所の先生に質問にいったことがある。もう先生の名前もいっしょにだれがいったかも忘れた。その時にスケートは摩擦熱による融解だという話を聞いた記憶がある。なつかしい。
今は、ただひたすらにあたたかいやさしい言葉がほしい。冷たい言葉はもういい。オクターブの高いキンキン声など聴いていてつかれ果てる。荒れた言葉、争う言葉、そしる言葉のように心につきささる言葉はあきらかに冬の言葉である。若い時は、そういう言葉を武器にしてよく戦ったなあと思う。でももういい。そんな言葉にふりまわされて残り少ない時間を冬景色にはしたくない。だからそういう場にいあわせると、つかれるたけだから黙って微笑み、そこから遠ざかるのである。言葉だって春がいいのだ。
人間には3種類あるという。男と女と、女房である。女房と女は発生源は同じかもれないが、断じて同じいきものには見えない。 そして、女房というものはその生態についての一般的な議論が可能らしい。誰の女房論を聞いてもみんなどっか心当たりがある。ふしぎだ。
そしてなんでニョウボウというのはあんなにこまかいことにうるさいのであろう。トイレの電気の消し忘れから、茶わんの洗い方、何を着るかということまで森羅万象について、詳細な言葉の機銃掃射をやる。 これは逆らってはいけない。逆らうと疲れ果てる。 そこでじっとだまって頭をたれ、弾が当たらないようにする。そうすると玉は頭上を通過していく。まちがってもへたに頭をあげるとひたいに弾があたるではないか。匍匐前進は白兵戦の常識である。 うーむ、何の話だ。 春がこないかなあ。
しかしまあ、静岡もひどい風がふいている。雪は降らないがしんどくも心に突き刺さる寒さである。なんてことを書いていたら北海道は-31度だという。昔、低温研究所の低温実験室を見学したとき-50度くらいの空気を体験した記憶がある。寒くはなかった。ただひたすらにいたかった。
確か中川さんの熱力学のフェルミの購読で、スキーはなぜすべるかという話が出てきて、議論になり、理学部横にあった低温研究所の分室みたいなところで、低温研究所の先生に質問にいったことがある。もう先生の名前もいっしょにだれがいったかも忘れた。その時にスケートは摩擦熱による融解だという話を聞いた記憶がある。なつかしい。
今は、ただひたすらにあたたかいやさしい言葉がほしい。冷たい言葉はもういい。オクターブの高いキンキン声など聴いていてつかれ果てる。荒れた言葉、争う言葉、そしる言葉のように心につきささる言葉はあきらかに冬の言葉である。若い時は、そういう言葉を武器にしてよく戦ったなあと思う。でももういい。そんな言葉にふりまわされて残り少ない時間を冬景色にはしたくない。だからそういう場にいあわせると、つかれるたけだから黙って微笑み、そこから遠ざかるのである。言葉だって春がいいのだ。
人間には3種類あるという。男と女と、女房である。女房と女は発生源は同じかもれないが、断じて同じいきものには見えない。 そして、女房というものはその生態についての一般的な議論が可能らしい。誰の女房論を聞いてもみんなどっか心当たりがある。ふしぎだ。
そしてなんでニョウボウというのはあんなにこまかいことにうるさいのであろう。トイレの電気の消し忘れから、茶わんの洗い方、何を着るかということまで森羅万象について、詳細な言葉の機銃掃射をやる。 これは逆らってはいけない。逆らうと疲れ果てる。 そこでじっとだまって頭をたれ、弾が当たらないようにする。そうすると玉は頭上を通過していく。まちがってもへたに頭をあげるとひたいに弾があたるではないか。匍匐前進は白兵戦の常識である。 うーむ、何の話だ。 春がこないかなあ。
2018年1月24日水曜日
近松物語 西沢昭裕
洋画でいちばん好きなものをと言われれば『第三の男』かもしれない。
日本映画で一本にしぼりこめば溝口健二『近松物語 おさんと茂兵衛』となる。
この溝口映画は近松門左衛門の世話浄瑠璃を下敷きにしている。京都の大経師以春の妻おさんが手代の茂兵衛と不義密通のぬれぎぬをきせられ、丹後の国に逃げるが逃げきれず、二人は洛中引き回しの上、処刑された。近松は、「おさん茂兵衛」と呼ばれた不幸な事件の男女の三十三回忌にあわせて、この事件の顛末を「大経師昔暦」に仕立てたのである。徳川時代には、不義密通はもっとも重い犯罪であり、露見すれば死罪を免れなかった。この時代にもし自民国会議員や芸能人がタイムスリップしたら何人が天寿を全うできるだろうか。
近松は、運命のいたずらに翻弄された不幸なカップルとして描いているが、溝口監督は近松を下敷きに、単に密告で不義密通にされてしまった男女ではなく、深く愛しあったがゆえに死罪になったというふうにつくりかえている。
おさんを演じるのは香川京子、茂兵衛は長谷川一夫。
近松は、運命のいたずらに翻弄された不幸なカップルとして描いているが、溝口監督は近松を下敷きに、単に密告で不義密通にされてしまった男女ではなく、深く愛しあったがゆえに死罪になったというふうにつくりかえている。
おさんを演じるのは香川京子、茂兵衛は長谷川一夫。
不幸な偶然が重なって不義密通を疑われた二人は京の町から逃げるしかない運命においつめられる。二人の関係が劇的に変化するのは、琵琶湖での心中未遂場面。おさんが死ぬ決意をし、それに茂兵衛もお供するといいはり、二人で小舟に乗って琵琶湖に身を投げようとする。身投げの直前、ずっと前からおさんを慕っていたと、茂兵衛が思わぬ告白をする。それを聞いたおさんは、「おまえの今のひとことで、死ねんようになった、死ぬのはいやや、生きていたい」・・・
この瞬間から二人は恋人同士として、生きている限りは愛しあおうと決意するのである。しかし、二人には、残された時間はなかった。丹後の山中に潜んでいたところを捕まえられ、二人は、引き回しになって、粟田口の処刑場へと向かっていくのである。
おさんが、「茂兵衛、茂兵衛」と絶叫する声が、今も私の耳によみがえってくる。
刑場へ曳かれる馬のうえで縛られたふたりがしっかりと握りあっている手と手も。
この映画をはじめて観たのはまだ独身のころ。銀座の並木座という地下の小さな映画館であったが、封建の世の不条理に涙がながれて困った。
年とったのだろう・・・・逸徳
年とっていい味をだせるのは、酒と、ミソぐらいだろうと思っているのだが。
先日、晩飯の材料を買いに近くのスーパーにいった。 よく晴れて気持ちのいいお日様がてっていたのだが、向こうから可愛い2歳か3歳くらいの女の子が、何か叫びながら走ってくる。その後ろを必死でついてくるのは同年の男の子らしいのだが、さらにその後ろから母親二人が楽しそうにおしゃべりしながら歩いてきた。なんという事はない光景なのだが、その女の子がそばまで走ってきて、なんと叫んでいるのかがわかった。彼女は全身笑い顔という感じで「楽しい! 楽しい!」と絶叫していたのである。それはまさに全身全霊をかたむけての表現であった。 お母さんや友達といっしょの買い物が楽しいのか、空はよく晴れて、太陽もやさしいという感じの中で、彼女の表現行動は、おいらをひっくりかえるほど感動させた。おもわずその子たちを見送ってその場に立ちすくんだのである。何と素直な。絶対的な生の肯定。その通りだおじょうさん。世界は美しい。美しすぎる。
ああいいなあ。あんなに素直に心から自分の思いを爆発させることができなくなって、ほんとにどれほどの時間が過ぎたのだろうか。 確かにあのころ、おいらはあちらがわにいた(と思う。)そして何十年もたってー今ここにいる。 目のくらむような距離感である。
いったい時間とは何か。(などという問題のたてかたをするのがいやらしいな) 時間の経過は何をもたらしたか。おいらは古酒になれたか。ミソならどうだ。うーん、わからん。
先日、晩飯の材料を買いに近くのスーパーにいった。 よく晴れて気持ちのいいお日様がてっていたのだが、向こうから可愛い2歳か3歳くらいの女の子が、何か叫びながら走ってくる。その後ろを必死でついてくるのは同年の男の子らしいのだが、さらにその後ろから母親二人が楽しそうにおしゃべりしながら歩いてきた。なんという事はない光景なのだが、その女の子がそばまで走ってきて、なんと叫んでいるのかがわかった。彼女は全身笑い顔という感じで「楽しい! 楽しい!」と絶叫していたのである。それはまさに全身全霊をかたむけての表現であった。 お母さんや友達といっしょの買い物が楽しいのか、空はよく晴れて、太陽もやさしいという感じの中で、彼女の表現行動は、おいらをひっくりかえるほど感動させた。おもわずその子たちを見送ってその場に立ちすくんだのである。何と素直な。絶対的な生の肯定。その通りだおじょうさん。世界は美しい。美しすぎる。
ああいいなあ。あんなに素直に心から自分の思いを爆発させることができなくなって、ほんとにどれほどの時間が過ぎたのだろうか。 確かにあのころ、おいらはあちらがわにいた(と思う。)そして何十年もたってー今ここにいる。 目のくらむような距離感である。
いったい時間とは何か。(などという問題のたてかたをするのがいやらしいな) 時間の経過は何をもたらしたか。おいらは古酒になれたか。ミソならどうだ。うーん、わからん。
右遠俊郎『読書論ノート』 西沢昭裕
加藤周一『日本文学史序説』は根気がなくて途中で投げ出してしまった。知らない話がえんえん続くと駄目なんである。(巻末の索引は便利) もっとも『居酒屋の加藤周一』(かもがわ出版)とか自伝的小説『羊の歌』などは楽しく読める。
もっと安直な読書案内はないかと米原万里『うちのめされるようなすごい本』を読んでみたら、これでもかこれでもかと、面白すぎる本の紹介が次々と山のようにでてきて食傷気味となり、かえって私の読書欲がうちのめされてしまった(^^) 三千人の美女に囲まれて暮らす中国皇帝の気分のようなものかと書くと不謹慎なたとえだが、万里さんだって『パンツの面目 ふんどしの沽券』なんて愉快な本を出している。彼女が超一流のロシア語通訳者であり無類の愛猫家であったことを知った。
人には持ち前の波長がある。
右遠俊郎『読書論ノート』(青木書店1980)だけはいまも枕元にある。この作家の本はこれしか知らないが、右遠が人生のおりおりに読んだ数十冊の本の紹介が役に立った。この本で樋口一葉も石川啄木も読み方を教わったし、中島敦『山月記』も知った。
たとえば、鷗外『舞姫』の読みどころを右遠が「背信と苦悩のバランス」と題してのべているくだりの一節はこんなぐあい。
(ドイツ留学でエリスとの恋に破れた豊太郎は)
・・・時にはエリスのことを思い出して人知れず涙をこぼし、こぼれた涙で満足しながら立身出世の道をすすんでゆくだろう。
豊太郎は「弱くふびんなる心」の持ち主だと自分で考えているが、その弱い心で、現実との厳しい対決を巧妙にすり抜けてゆく。どんな事態に際しても、けっして傷つくことなく素通りしてゆくことのできる人間、豊太郎のような人間こそ、権力が要請するエリート官僚のひとつのタイプではないだろうか。
もっと安直な読書案内はないかと米原万里『うちのめされるようなすごい本』を読んでみたら、これでもかこれでもかと、面白すぎる本の紹介が次々と山のようにでてきて食傷気味となり、かえって私の読書欲がうちのめされてしまった(^^) 三千人の美女に囲まれて暮らす中国皇帝の気分のようなものかと書くと不謹慎なたとえだが、万里さんだって『パンツの面目 ふんどしの沽券』なんて愉快な本を出している。彼女が超一流のロシア語通訳者であり無類の愛猫家であったことを知った。
人には持ち前の波長がある。
右遠俊郎『読書論ノート』(青木書店1980)だけはいまも枕元にある。この作家の本はこれしか知らないが、右遠が人生のおりおりに読んだ数十冊の本の紹介が役に立った。この本で樋口一葉も石川啄木も読み方を教わったし、中島敦『山月記』も知った。
たとえば、鷗外『舞姫』の読みどころを右遠が「背信と苦悩のバランス」と題してのべているくだりの一節はこんなぐあい。
(ドイツ留学でエリスとの恋に破れた豊太郎は)
・・・時にはエリスのことを思い出して人知れず涙をこぼし、こぼれた涙で満足しながら立身出世の道をすすんでゆくだろう。
豊太郎は「弱くふびんなる心」の持ち主だと自分で考えているが、その弱い心で、現実との厳しい対決を巧妙にすり抜けてゆく。どんな事態に際しても、けっして傷つくことなく素通りしてゆくことのできる人間、豊太郎のような人間こそ、権力が要請するエリート官僚のひとつのタイプではないだろうか。
←ここんところは国税庁長官に出世なさったあの方そっくりではないか
2018年1月23日火曜日
千葉で初雪 西沢昭裕
温暖な千葉でも夕方から雪になった。
日本語には「忘れ雪」「はだれ雪」「のこんの雪」とか「雪しずり」など雪の名前が170語以上もあるという。
わたしには八海山に登ったあと立ち寄った越後魚沼の塩沢つむぎ記念館で知った「雪晒し=雪さらし」という言葉が忘れがたい。
晴天の日、稲田に深く積もっている雪の上に布を広げる。陽光で雪が溶け水分が布目を通して蒸発する際にオゾンが発生し越後上布が漂白されるのだ。
八百年もつづく雪晒しをやさしく見守っているのは雪原遠くにそびえる巻機山。文字どおり糸を巻き機を織る女たちの守護神の山である。
(HPからいただいた写真は雪晒しと巻機山・まきはたやま1967m)
・・・
塩沢つむぎ記念館ちかくに鈴木牧之記念館がある。
鈴木牧之(すずきぼくし1770~1842)は江戸後期の越後魚沼の塩沢村生まれのひと。江戸に出た牧之は江戸の人々が豪雪地帯の素朴でひたむきな暮らしをまったく知らぬことに慨嘆し、四十年の歳月を費やし図絵入りの『北越雪譜』を世に出した。
『北越雪譜』に「雪と縮」の一節がある。
雪中に糸となし、雪中に織り、雪水にすすぎ、雪上に晒す
雪ありて縮あり
されば越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし
日本語には「忘れ雪」「はだれ雪」「のこんの雪」とか「雪しずり」など雪の名前が170語以上もあるという。
わたしには八海山に登ったあと立ち寄った越後魚沼の塩沢つむぎ記念館で知った「雪晒し=雪さらし」という言葉が忘れがたい。
晴天の日、稲田に深く積もっている雪の上に布を広げる。陽光で雪が溶け水分が布目を通して蒸発する際にオゾンが発生し越後上布が漂白されるのだ。
八百年もつづく雪晒しをやさしく見守っているのは雪原遠くにそびえる巻機山。文字どおり糸を巻き機を織る女たちの守護神の山である。
(HPからいただいた写真は雪晒しと巻機山・まきはたやま1967m)
・・・
塩沢つむぎ記念館ちかくに鈴木牧之記念館がある。
鈴木牧之(すずきぼくし1770~1842)は江戸後期の越後魚沼の塩沢村生まれのひと。江戸に出た牧之は江戸の人々が豪雪地帯の素朴でひたむきな暮らしをまったく知らぬことに慨嘆し、四十年の歳月を費やし図絵入りの『北越雪譜』を世に出した。
『北越雪譜』に「雪と縮」の一節がある。
雪中に糸となし、雪中に織り、雪水にすすぎ、雪上に晒す
雪ありて縮あり
されば越後縮は雪と人と気力相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし
2018年1月22日月曜日
拘置中の籠池さんをおもう 西沢昭裕
森友事件の本質は「日本会議疑獄」である。日本会議の櫻井よしこ、百田尚樹、青山繁晴、曾野綾子などの諸氏は森友学園で籠池氏の右翼教育を絶賛する講演をしてきた。(写真はかつての学園発表の講演諸氏)
しかし、事件が報道されるやいなや、彼らは蜘蛛の子を散らすように籠池氏から逃げていった。「新しい憲法で美しい日本を」などと愛国だの道徳だのを説教してきた彼らが、いかに美しくない義に欠ける日本人であったか。
森友学園名誉校長であった首相夫人はじめ彼らのあまりの薄情さに、籠池氏一家は日本会議を批判する陣営に「亡命」する苦渋の決断をせざるを得なかったのだ。この一家が児童への右翼教育を心から反省し再出発を誓ったとたん、安倍政権の弾圧が襲った。
寒い日がつづくと、暖房がないといわれる大阪拘置所のなかにもう半年も口封じで拘留されている籠池さんご夫婦を思う。
しかし、事件が報道されるやいなや、彼らは蜘蛛の子を散らすように籠池氏から逃げていった。「新しい憲法で美しい日本を」などと愛国だの道徳だのを説教してきた彼らが、いかに美しくない義に欠ける日本人であったか。
森友学園名誉校長であった首相夫人はじめ彼らのあまりの薄情さに、籠池氏一家は日本会議を批判する陣営に「亡命」する苦渋の決断をせざるを得なかったのだ。この一家が児童への右翼教育を心から反省し再出発を誓ったとたん、安倍政権の弾圧が襲った。
寒い日がつづくと、暖房がないといわれる大阪拘置所のなかにもう半年も口封じで拘留されている籠池さんご夫婦を思う。
頭にきている・・・・逸徳
憲法9条をまもる運動にかかわっているのだが、実は2/25に静岡市の市民会館中ホールで全県規模の学習講演会をやることになった。ただ、こういう運動はともすれば高齢者が多く、金太郎アメ運動と揶揄されているので、若い人を集めようと高校生による20分強の朗読劇を2本やることになった。しかけ人はおいらである。ただし、こういう会に高校生が出ると右翼の圧力が学校にかかるといけないので、当日まで高校生の名前も学校も伏せたのである。それはいい。そして全県にチラシが流れ始めた。そのあとで、ひとつの高校生グループに圧力がかかったのである。その高校生は就職組が多く、保護者も動揺するので、顧問の先生が生徒を守りきる自信がないといいだしたのである。 国会前のシールズの活動などを見ていると若い世代でも行動的な人たちもいるのだなあと感心していたのだが、地方はこんなものである。わずか20分強の朗読劇なのに、みんなが地雷を踏む前に地雷に恐れて動きがとれなくなっているのだ。なんという社会になってしまったのだろう。
結局その高校生グループは出演を中止した。しかし、作品の内容がいいので、何とか上演に持ち込みたいと、今あらたな上演グループをつくることに奔走中である。
繰り返す。あの60年安保のころから50年。日本はなんという社会になってしまったのだろう。自分の人生を否定されたような気がして、毎晩悪酔いしている。
結局その高校生グループは出演を中止した。しかし、作品の内容がいいので、何とか上演に持ち込みたいと、今あらたな上演グループをつくることに奔走中である。
繰り返す。あの60年安保のころから50年。日本はなんという社会になってしまったのだろう。自分の人生を否定されたような気がして、毎晩悪酔いしている。
2018年1月20日土曜日
山繭 西沢昭裕
雑木林で山繭(やままゆ)を見つけた。
クヌギの小枝の先にひっかかって寒風に揺れているようにみえたが、手にとってみたら、しっかりと何重にも結わえ付けられていた。(写真)
カイコの白い繭よりも大きく黄緑がかっている。むろんサナギが羽化して山繭蛾(やままゆガ)が繭を食い破って出て行った穴が残っていた。
山繭をつくるカイコは天蚕(てんさん)、山蚕(やまこ)ともいい、昔、山繭蛾を飼って、この山繭から織物をつくったこともあったのだそうだ。繭1つから700mちかくも糸がとれるが繊維が太く、光沢に富み丈夫でしなやかで、「繊維のダイヤモンド」といわれた贅沢品。
日本の養蚕の歴史は日本書紀にでてくるように古い。稲作伝来のあとの2500年くらい前の弥生時代前期に中国から伝来した技術らしい。
人類の養蚕の歴史は今から5,000~6,000年も前のこと中国の黄河や揚子江流域で野生のクワコ(カイコの祖先)を家畜化したのがはじまりといわれている。
虫を「家畜化」というのがなんとなく可笑しい。家畜というとつい、牛や豚、ニワトリを・・・。
クヌギの小枝の先にひっかかって寒風に揺れているようにみえたが、手にとってみたら、しっかりと何重にも結わえ付けられていた。(写真)
カイコの白い繭よりも大きく黄緑がかっている。むろんサナギが羽化して山繭蛾(やままゆガ)が繭を食い破って出て行った穴が残っていた。
山繭をつくるカイコは天蚕(てんさん)、山蚕(やまこ)ともいい、昔、山繭蛾を飼って、この山繭から織物をつくったこともあったのだそうだ。繭1つから700mちかくも糸がとれるが繊維が太く、光沢に富み丈夫でしなやかで、「繊維のダイヤモンド」といわれた贅沢品。
日本の養蚕の歴史は日本書紀にでてくるように古い。稲作伝来のあとの2500年くらい前の弥生時代前期に中国から伝来した技術らしい。
人類の養蚕の歴史は今から5,000~6,000年も前のこと中国の黄河や揚子江流域で野生のクワコ(カイコの祖先)を家畜化したのがはじまりといわれている。
虫を「家畜化」というのがなんとなく可笑しい。家畜というとつい、牛や豚、ニワトリを・・・。
3年ぶりくらいか 西沢昭裕
3年ぶりくらいにhorohorokaiブログを開いてみたら、ニッセさんが最近まで投稿していた。はふ君がいちおう管理人の私にプロフィールの70才前後うんぬんも変更したらどうかとeメールをくれたので、いぜん元気だった鈴木君が書いたものですが75才前後に変更しました。
みなさんにはログインするためにパスワードなどをさきほどメールでお知らせしましたので挑戦してみて投稿もしてください。
horohorokaiブログを開いたら右上のほうに小さくログアウトとでているのでいったんログアウトして、それから私がメールで送ったこのブログ専用のメールアドレスにパスワードでログインすれば、自由に投稿できます。
(なお投稿へのコメントはこういう認証の必要なくコメントできるようです)
こういう面倒なことをしたのは、いぜん小倉さんがつくってくれたホームページが不審者に闖入されてしまったからです。
みなさんにはログインするためにパスワードなどをさきほどメールでお知らせしましたので挑戦してみて投稿もしてください。
horohorokaiブログを開いたら右上のほうに小さくログアウトとでているのでいったんログアウトして、それから私がメールで送ったこのブログ専用のメールアドレスにパスワードでログインすれば、自由に投稿できます。
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こういう面倒なことをしたのは、いぜん小倉さんがつくってくれたホームページが不審者に闖入されてしまったからです。
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