2016年1月7日木曜日

ほろほろ会 朧の道 その1 ひでを


 明けまして、おめでとう御座います。
 以下の文章では書ききれなかったので、まずご相談します。指折り数えると、本年(2016年)は卒業(1966年)後50周年に当たります。夫婦なら金婚です。何か特別企画をやりますか?例えば北海道へ行くのだったら、北海道新幹線で函館へ行くのはどうかしら?皆さんのご意見知らせてください。

 思い起こすに、ほろほろ会のスタートは、昭和42(1967)4月初旬、1年遅れに卒業した私が新宿の紀伊国屋書店に入社したばかりに掛かってきた1本の電話からでした。その主は、伊藤仁ちゃん。「一杯やろう!」「おー」。退社定刻時間午後6時ジャストにオフィスを飛び出し、待ち合わせた紀伊国屋ビル1階のエスカレーター横で「やー」「やー」「しばらく」と、再会を喜び合いました。まだ全く右も左も分からない身であるから、近くのライオンビヤホールに入り、あれやこれや話し合いました。そのうち、どちらからとも無く、「毎年4月に会おう」「どうせなら東京近辺にいる者に声を掛けよう」ということになり、主に仁ちゃんが連絡を取り合ってくれて、平均4~5人、多い時は89人、少なくも2人は集まり、延々と現在まで続いています。最初の数年は、41日に会い4月馬鹿の会と称しましたが、41日は入社式や年度初めで、夜呑み会となるので変更しようとなり、4月の第一金曜日、会場も上野公園近くに決め、夜桜見物を兼ねるようになりました。会の名前も変えようとなった時、仁ちゃんが「旅の夜風」を歌いながら、踊りを披露し、「ほろほろどりよー」の所で片足立ちで両手を広げ鳥が飛ぶしぐさがかわいらしく、「ほろほろ会」と、即決しました。後付で、母衣に札幌のほろをつける、ほろほろ酔いとか理由を付け、お互い納得しました。そのうち、年に1度飲むだけではつまらない、たまには1泊で合宿しようということで、高尾、箱根、渥美半島etc.等で宿泊しました。その後、たまたま気付いたのですが、平成3(1991)年が卒業25年に当たるということで記念に札幌で開くことにしました。早速札幌在住の山田君、五本さんに協力を依頼し10人以上参加し立派に25周年を祝いました。その際今後オリンピックの年に札幌で開こうと決め、1996200020042008年に開催しました。2000年の会合の際、その頃急激に普及してきたパソコン、インターネットが話題となりほろほろ会のホームページが欲しい、誰か作れる者はいないか?という意見が出ましたので、私が手を挙げやってみると約束してしまいました。何とか形になり、2001329日にアップできました。メンバーのみんなから「おめでとう」の投稿が続々入る中、五本さんからの沙汰は有りませんでした。4月の例会の席から札幌の自宅へ電話したところ、病に倒れ入院中とのことでした。その後2004年には車椅子で病院内を歩き回れるまでに回復し、我々みんなで見舞うことが出来ました。残念ながら2年後帰らぬ人となり、2008年には彼女のお墓の前で、心をこめて「千の風になって」を合唱しました。「我々男共を順番に送ってくれよ」なんて冗談言っていたのに、みんなで送ることになるとは皮肉、なんとも皮肉だね。一番長持ちしそうな一厘の美しい花が散りました。

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