うーむ とうとう出たかという感じ。これ安楽死の提案だろうか。 実をいえば、死の問題はずっと考えてきたが、共通の話題にするのは重すぎるので黙っていた。死といっても安楽死の問題ではないが。そしてご存じのようにオランダは安楽死を合法化している。簡単ではないようだがね。
さて、この話まじめに議論する問題か、それともお師匠独特の一場のギャクだろうか。ましめに話すにはあまりに問題の立て方がよくわからん。 高齢者が自分自身の問題として考え決定したとしても、(そもそもそういうことができるかどうかだが。) 簡単にヒットラーの精神病者の粛清と同じ現象になる。第一、この問題は、高齢者自身の自分の人生の棚卸、総括のありようと表裏一体でもあるだろう。とにかく死というのは大事業であって、困ったことに経験者がいないから、いくら考えても机上の空論になりがちである。
で、おせっかいな話。死の問題について須原さんという哲学者がいて「自死という生き方・・・覚悟して逝った哲学者」という本をかいて、自殺した。この人みたいに死を考えるとクモの糸みたいにとりつかれるから。
30年ほど前に、職場で自殺した子がいた。当時、生とのメンタルな面に関わる部門にいたおいらは、ショックをうけて、数年かけて徹底的な研究をしたことがある。それ以来、死の問題は大きな哲学的テーマとして背後霊ように付きまとってくる。ちなみに本棚を見たら死に関する本が10冊以上あった。こんなに読んだかなあと思うが、混沌としてあまり記憶に残っていない。ぼけたか。
だから、お師匠の話は一応ギャグととらえてギャグでこたえる。
・・・・登場人物 愛し合う二人 おつたとちからとか熱海の海岸などがいい。
「ねえあなた・・・月がホラあんなにきれいよ」
「ああほんとだ・・・お前もきれいだよ」
「ねえ あなた。 人間ってなんで死ぬのかしら。・・・・・」
「それはねえ お前、後がつかえるからだよ」
とにかくだ。ウィトゲンシュタインだったかな。「語りえぬものについては、沈黙しかない」という名言をはいた哲学者がいたな。そうしよう。
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