2016年3月2日水曜日

ペリレマンについて ・・・ 猫跨ぎ

ペリレマンについては数年前に当欄に書いたことを思いだした。一部変えて再掲させて貰う。
  
    この前、NHKで再放送されて面白かったのは、「ポアンカレ予想」を解いたロシア天才数学者G.ペリレマンのこと。ポアンカレ予想とは、「基本群が単位元のみからなる三次元閉多様体は三次元球面と同相か」というらしいが、何のことか判らん。砕くと「3次元物体にかけた輪ゴムを一点に縮めることができるのは(トポロジカルな意味の)球面だけだ」ということらしい。これでも腑に落ちないむきは、まあ諦めるしかないが。

過去百年間、多くの数学者が挑戦し敗退を重ねた難問中の難問。
  これをロシアのペリレマンが数年の思索の激闘の末、証明してしまった。多くの数学者は落胆した。理由は①先を越されてしまったこと ②手法が、当然と思われたリーマン幾何学ではなく、微分幾何学だったこと ③証明が直ぐに理解できなかったこと。その後、証明の正しさが「証明」された。

  さて、話はこれからだ。彼は当然フィールズ賞の対象になったが、にべもなく断った。クレイ社の栄誉賞(100万ドル)にも見向きもしない。望めば栄光のポストも手にはいっただろうに、何の関心も示さない。
  すっかり人が変わってしまったらしい。快活な青年だったが、心を閉ざし恩師や友人に会おうともせず、生まれ故郷で少々の蓄えと母親の年金で暮らしているとか。「数学は理性と情緒で、特に情緒だ」と言ったのは、岡潔だが、思索の極限はこの情緒を壊してしまたようだ。徹底した思索が人の人格も変えてしまう。そんな境地があるのだろうか。
本当だろうか。極限の思考が情緒を壊す。如何なる事にも価値を見出すことが出来なくなったかのように。その後、ペリレマンの消息は聞かない。

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