泣かなくなった。まあ、「見るべきほどのものは見つ」という年になると、だいたいの出来事の起承転結は見えてしまうので、まあそんなこともあるという気分になって泣けないのだろう。ところがだ。
どうでもないことに涙が勝手に出てくる。先日はテレビの「はじめてのおつかい」を見て、涙が出て困った。また、最近ある人のネットサイトを調べていたら、安保法制反対の国会前デモの中で、自由のもり学園の高校生たちが自然発生的に、つまり指揮者がいない状態で「ケサラ」の大合唱をして、それが周囲を巻き込んでいく光景がyoutubeでながれていた。これを見て泣けた。これはどういうことかなあと考えていたら、あることに気が付いた。つまり、こどもやわかものがけなげに行動するのに弱いのである。こっちは年がらで、彼らの前にこれから広がる人生の山坂をイメージしてしまうのだが、その前でけなげであることに参ってしまうのだなあ。
ケサラの歌詞 1番だけ
抑えきれない怒り、こらえきれない悲しみ そんなことのくりかえしだけど 決して負けはしないさ。 ケサラケサラケサラ 僕たちの人生は平和と自由求めて 生きていけばいいのさ・・・
うーんまた泣けて来た。
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