2017年1月2日月曜日

仁句鑑賞・・・・逸徳


ひさしぶりにじっくり読んだ 印象にのこったものを。


1、けさのゆきひらがなのごとふりつもる・・・なぜこういう風に全部ひらがなにするとやわらかい感じになるんだろう。おいらも、漢字を使えるところをわざとひらがなで通したりする。いつも思うのだが、言葉はその人の全存在を反映しているのではないか。まるで自然に息をしているように、人は言葉を吐き出す。そこで、句読点一個を打つか打たないかということや、ひらがなを漢字にすることなどは、作者にことわりなくやることなんか、なんだかその人の人格をいじくっているようで、いやである。そういうことに鈍感な人間もいやである。ひらがなでとおしたということだけで、特選
3.ぶくぶくと雪の中行く万歩計・・・雪の中を歩くのをぶくぶくといったのは秀逸。これ雪国の生活を知らんと分らんかも。でもへやにとじこもらないで万歩計つけて歩くんだな。いいねえ。
4.銭湯の珈琲牛乳雪の窓・・・わかる。で風呂から帰る途中でタオルががちがちになるんだ。懐かしい。
5.昨晩よりの雪にて音の消へにけり・・・・世界が突然静かになり、雪にいだかれていることに気が付く。これも北国の暮らしを体験したものには懐かしい。で、どういうわけか内省的になって、哲学書なんかひっぱりだしたりする。
  思い出した 拙作もひとつ   「雪宿の おかみの語る ヘッセかな」
  富良野にいい隠れ宿がある。10年以上前の真冬に行ったときの作
 
7.雪溶かす友の三線弾き語り・・・いいなあ。おいらも三線を覚えたいと思っているんだが、公害だと女房に禁じられた。弾き語りはなんだろう。江戸風流かな

8.大雪に見舞われ本音聞かれずに・・・鈴木君を思い出す。本音を聞かれずわかれたのはだれだろう。想像力が刺激される。

しかし、雪というのはどうして女性を連想させるのだろうかね。「真夜中の 倶知安駅に下りゆきし女の鬢の古き傷痕」 うーん、雪女郎といい、雪にはじっと耐えている美女を連想させるものがある。決してキャンキャンしたギャルではないのだ。

10.早過ぎた初雪はねるササラかな・・・そうそうササラ電車。札幌は大雪だとか。学生のころ大雪で、電車もとまり南21条から歩いて北大までいったら休講だったのを思い出した。

仁ちゃん句のスキなのは、むつかしい季語が出てこないのがいい。季語辞典を横において読む句というのは、おいらは苦手だ。スキになれない。季語という暗号に頼らない句作のほうが、よっぽどむつかしいと思うのだが。このへん、師匠の違憲も聞きたいものだ。

静岡は、まったく雪なし。雲もない。ガラス戸ごしに日の光を浴びていると暑くなる。ぼおっとしてみんな半分寝ぼけている新年である。では、今年もよいお年を。

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