2014年7月29日火曜日

気持ちははや日向や豊のクニへ   褌子

  九州旅行の骨格がきまったようだ。小林さん、九州の熊さんに感謝したい。
  司馬遼太郎の街道シリーズは全43冊買い込んでしまっているので、宮崎つまり日向のクニや高千穂をさがしてみたがない。「肥前の諸街道」、「島原・天草の諸道」、「肥薩のみち」しかない。と、思ったら34巻に「大徳寺散歩、中津・宇佐のみち」というのがみつかったので読んでみた。大徳寺は京都だが、中津も宇佐も大分県である。
 宇佐八幡は全国4万社といわれる八幡さんの総社である。(小生の最寄りの駅はJR八幡宿であるが、駅前に飯香岡八幡宮というのがある)  宇佐神宮は朝鮮半島からきた泰氏(はたうじ)が創建したらしい。泰氏は秦の始皇帝の末裔だと自称していて古来、漢氏(あやうじ)とともに古代日本に渡来し京の太秦の広隆寺が残っているように日本文化の形成にも影響を残したようだ。
 中津は黒田如水にゆかりがある古い譜代藩で、福沢諭吉の出身地でもある。
 なんでこんなに諸事に詳しく物知りなのかとあきれるほど、司馬遼太郎があれやこれやと書いていて記憶力減退のせいかやや食傷ぎみに読み終わった。
 司馬遼太郎は『龍馬がゆく』『坂の上の雲』も面白く読んで、よほど感が鈍いのかなにも残らなかった。佐渡出身の言語学者司馬凌海を描いた『胡蝶の夢』はやっとこさ読んだ。逸徳さんも読んだらしい。『空海の風景』は猫跨ぎさんは面白かったといつぞや言っていたが、面倒くさくなって半分くらいでやめた。若い頃、会社員だったときに『峠』を読んで司馬遼太郎の空から鳥瞰するような描き方の歴史物語を読み出した。『峠』をよむまでは越後長岡出身の山本五十六は知っていても河井継之助の名前も知らなかったのだから、ありがたいことではあるが。
 司馬作品のなかでは、短編『故郷忘じ難く候』が秀吉の朝鮮出兵で拉致してきた陶工を祖先にもつ薩摩の陶芸家沈寿官のはなしで深い印象がまだ残っている。
 『韃靼疾風録』は面白かったほう。十年くらい前だが、網走のホテルに泊まって朝飯を食っていたら『講談社創立◎周年記念出版渡辺温博士編 康煕字典』というのが食堂の隅っこにあるのが目にとまった。コーヒー飲みながら、ぱらぱらめくっていると、女主人が「姉が中国の歴史にはまっていまして、こんな妙な本ばかり買い集めておりまして…」という。「おねえさんが何で中国にはまったんですかね」と、きいたら「司馬遼太郎の『韃靼疾風録』を読んでから毎年中国に旅行している」のだという。そういうわけで小生も『韃靼疾風録』を読んでみたら、あらすじは忘れたが痛快な読後感が残った。
 韃靼=タタールという言葉がいい。「タタールのくびき」なんてのもあるし、間宮海峡のことを韃靼海峡Татарский проливともいう。
   てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった  安西冬衛 

0 件のコメント:

コメントを投稿