2014年7月24日木曜日

一句鑑賞    褌子

・薫風や空也上人の遠目癖
      現物はみてないが、有名な京都東山の六波羅蜜寺の空也上人像の目は遠目というか遠くを見ている目である。たしかにそう言う目だ。空也は平安中期の僧。泉鏡花の『高野聖』もこの印象的な空也像を通奏低音のように頭の隅っこでちらちらさせながら読んだものだ。薫風という初夏の新鮮な風と暗い内陣のなかに鎮座しているおそろしく黴臭く古い木造空也像との対比もなんとも面白い。特選。
      鎌倉時代の一遍上人も興味ある人物。一遍が時宗を起こした藤沢の藤沢山(とうたくさん)遊行寺は国兼さんの案内で訪問したことがある。ずっと下って江戸前期の円空も関心がある。
      こんど秋の旅行に行きそうだが大分県の国東半島には磨崖仏も有名だが円空の木彫り仏も多い地域ではなかったか。
      話は飛ぶが新田次郎『剣岳 点の記』は明治時代に国土地理院の前身の陸軍参謀本部陸地測量部の測量隊が立山連峰の剣岳に挑む話。映画にもなった。この険阻な山はながいこと人をよせつけなかった。測量隊は艱難辛苦の末、ついに初登頂に成功する。日露戦争後の明治39年のことだ。日本列島のすべての山岳の三角測量が成功した瞬間・・・。初登頂に歓喜にむせぶ登頂隊長が、ふと、剣岳山頂の岩陰になにかを発見した。それは風雪ですっかり錆び付いた山岳修験者のもつ錫杖だったのである。
      わたしは昔の修道僧、遊行僧、雲水たちのこういう宗教的情熱みたいなものに心惹かれるのである。  薫風や空也上人の遠目癖

・千手観音の孫の手に似る暑さかな
   京都東山の三十三間堂の一千一体の千手観音の大群像をただちに想起した。
   一体一体の仏像の光背に無数にみえるたくさんの手に圧倒されるが、たしかに込み入った構造になっていて暑苦しいといえないこともない。よくみれば小さ
い孫の紅葉のような可愛い手にみえる。   準特選

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