2016年11月8日火曜日

いくつかの質問・・・・・逸徳

いい写真だねえ。もう一つの写真はアフリカのように見えるが、褌子さんがいったのかね。しかし、なんだかおおいなる母の懐にいだかれて、安心しきったような顔をしているのがおもしろい。 で、ひとつ前から疑問に思っていることがあるのだが、巨木ではなく、巨根というとやや別の意味になってしまうのだが、逆にいうと例のあれをなぜ「巨木」といわないで「巨根」というたとえをするのだろうか。 あれが根っこにつながるという発想がよくわからん。むしろ堂々とそそりたてば、巨木というべきではないかと・・・・いったい何の話をしているのかねえ。 で、人間心理に関心のあるおいらとしては、褌子さんが、あのような巨木と向いあったとき、心の中にどんなイメージ、想いが浮かび上がっているのか興味がある。 およそ万物は、鏡としての側面があり、そのものと向かい合うことは、そこに映る何者かを見ているのではないかという気がするのだが。

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