人それぞれいろんな考え方があるもんですね 当然といえば当然だけど・・
”LINEでもFBでも開発した人間が巨万の富を得たという ・・ 結局は大衆を動員して利益を目的にしている そういう仕組みである”
結果的に巨万の富を得たのかもしれないけど 開発の動機は ネットで交流するという世の中の動きのなかで その利用者に付加価値をもたらす快適なツールを提供できないものか という開発者自身の自己実現の欲求が先にあったとわたしは思いたい LINEは赤字経営だというニュースもある
”こういうMonementがなにを生むのかな ・・・ 少なくとも詩と哲学は生まないのだろう”
さすがに賢人の哲学をもった猫跨ぎ氏の感慨と感心しきりです でも世の中には賢人ばかりが生きているわけではない むしろどちらかというとマイノリティでは? チャラチャラしたストリートダンスに明け暮れたり 学生でありながら夜のライブで歌って踊って 挙句の果てに暴漢に襲われたり 家賃がはらえず低賃金のパートアルバイトでその日暮らしの生活に追われつづけたり 消費増税が先延ばしになり万歳を叫んだ一般大衆やら・・・
彼らの胸の奥底にある ”・・だからどうした 楽しければいいじゃない・・”というセリフも一理あり と私は思います 賢人は賢人として 大衆は大衆として お互いの立場を思いやりながら共存していくのが平和だと考えます いまはやりの 寛容の精神 です
軽チャーが多数派になると快楽を享受するあまり これに水を差す「責任」が置き去りになる という 猫跨ぎ氏の指摘はさすがに冷静
わたし自身もその辺は あまりはしゃぎすぎないように という自戒の念を意識しているつもりです
で 結局「SNSは軽い」というのはどういうところからきてるのかがいまいちあいまい
わたしに言わせると 猫跨ぎ氏も逸徳氏も その中に入らずに入口か外野席にいて あいつらはなんであんなにはしゃいでいるのか 馬鹿者めが と思えますが違いますか 内情を体験せずに どうせこんなようなことをしているのだろう 時間の浪費だ 知らないもの同志で会話 対話をしてなにになるのか 面倒くさい・・・
もしそういう感覚があるのならそれは間違いです
外出したときに 思いがけずに旧知の友にであったら どう応対しますか やあやあ元気かね あいつはいまどうしてる いやそれがねえ 奥さんが認知症で大変らしいよ こちとらはそんな目にあわずで良かったよなぁ お互いに せっかくだからその辺でちょっと一杯・・・
となってやがてエンドルフィンが大波のように噴き出してくるのです
若者のの輪の中に飛び込んで行っていやいやながらその雰囲気に溶け込む苦行をするわけではないのです 何べんもいいますが 交流する必要がないならそれはスルーすればいいのです
どう考えても 食わず嫌いにSNSを避けて通る観念にとりつかれているように感じます
いろいろ反論が来そうだなぁ でも それこそSNSの一つのツールであるブログのいいところです
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