2015年3月18日水曜日

函館通信2-20・・・追補・・・仁兵衛

いやいや俳句は作者の手を離れると読者によって本当に別の世界に連れて行ってくれるものだね。一寸言葉と作者の気持ちを補足させて貰います。

・ 十三参り(詣)、猫跨ぎさんご指摘の通り京都の法輪寺の虚空蔵尊に詣でる事が元の様だがいわき在住の我が家からは茨城・東海村の虚空蔵尊に毎年子連れで護摩を焚いて貰いお参りをしていた。御参りの後は東海原電の脇を通り松林を抜け太平洋を眺めながら昼飯をひろげた。
 十三歳(満12歳)は難しい年齢に入りかける時であるが孫が今年この年齢に達して何となく息子より斜に構えている様に感じ句にしてみた次第。

・ 河川敷、今度の中学生が18歳に殺されたあの場所を強く意識している。TVで現場映像を見て子供の頃行ったあの多摩川の河川敷ではないか。その頃とたいして変化していない情景だ。ふきのとうは実際にはあの場所には生えないかも知れないしかし何か書きとめて置かなくては気持ちが治まらない。そんな思いであった。

お粗末。
  

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