ロールプレイについてのお師匠の体験はまったくよくわかる。詳しいことはここではもうやめるがサイコドラマとロールプレイは似て非なるもので、出自もちがう。 サイコドラマは専門家の訓練をうけないと簡単にやれない。精神療法につかうくらいで、だからこそあまり一般的ではない。だがロールプレイは小学校の授業でも使うくらいなのである。ほんとはむちゃくちゃだと思うが。 まあこのことはこれくらいにしておきたい。
それよりも、心理学というものの扱い方についてのアメリカの特性ということについて感じていることを書いてみたい。 というよりも資本主義と心理学の関係というべきか。 アメリカ資本主義はプラグマティズムの影響というべきか、人間のこころを徹底的にものとしてあつかってきた。カエルの解剖みたいに心を俎上にのせて、いじくりまわしたのだ。 あとから問題となるような心理学の実験は
多くがアメリカで行われてきた。 したがって、感情的にいえば、アメリカは、というよりなんでも利益追求に利用してしまい、人間の尊厳なんてもうけにならんものはあんまり考えようとしないアメリカ資本主義はだいっきらいである。プラグマティズムを道具主義と訳した話があったなあ。
したがって、ロールプレイを会社で研修でやるのは、心理学の悪用であり、それによって立派な歯車になる労働者はつくれても(そうなのだ、やつらは「つくる」のである)そこにいるひとりひとりの労働者の尊厳なんて考えない。 それはもうけに関係ないのだから。ナチスが心理学を悪用して大衆操作をしたのとあんまりかわらんのである。要するに独占資本主義はなんでも利潤追求の道具にする。ひとの心でさえも。
かっておいらが目撃した例。あの世界的メーカーT社の話である。社内に「心理相談室」がある。そこにはカウンセラーと称する人間が駐在していて、社員の悩み身をいろいろと聞きアドバイスするという仕事をしていたそうだ。 で、当然ながら社員の悩みの中には社内の人間関係がある。特に、上下関係の悩みが多かったそうだ。そこでその相談室には、もうひとつ部屋があってそこに大きなビニール風船でできた、上司の人形がおいてあり、ストレスを訴えた社員に、上司の人形を竹刀でぶったたかせたそうだ。 この話、聞いたときぞっとした。何かおかしくないか。 ぶったたかせるというアイデアを考えた心理学者もおかしいし、何よりもそいつは傲慢である。しかしもっとぞっとしたのは、相談にきて「ああすっきりした」と現場にもどっていった社員だ。これでは機械からとりはずしたさびた歯車をみがいて、もう一回機械に組み込む光景ではないか。
人間だから心が病むことはあるだろう。その時、誠実に患者の悩みに向かい合い、手をつくしてよりそおうとする臨床心理学の専門家がいることも間違いない。だが、そのすぐ横に、心理学的知見を使ってひとの心を利潤追求の道具としてもてあそぶ、おいらにいわせれば悪魔の手先みたいな心理学者がいることも確かなのである。この辺を論じると頭に血が上るのでやめておく。
心の時代だという。心理学関係の図書は本屋にいくと山積みになっている。だが、まちがいなくいえることは「心」が商売になる時代は、人間の尊厳にとっては、本当にいやな、暗い時代なのだということなのである。
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