2015年3月16日月曜日

いいのこした・・・・逸徳

おいらが言いたかったこと。 人間の想像力についてである。 他者の視点にたつという想像力を働かせることに困難さを感じてしまう人間がいるということの驚きである。相手の立場に立つといったらもちろん自分の視点でそっくり相手の立場に移入するということではない。簡単な例をいうとたとえば、ある不幸な事件にぶつかってなやんでいるAさんがいるとする。ところがそれを見ているBさんからみるとその不幸な事件は、それほどのものではないと感じているとする。この時ふつうならBさんは、自分のその事件に対する評価はひとまずたなあげにしておいて、Aさんの立場にたちAさんの悩みの深さを想像してもっとも適切な言葉を選び、励ましたりするのがふつうではないだろうか。この場合Bさんにとって必要なのは、Aさんという人間存在を丸ごと理解しようとする想像力だろう。 これはたとえば俳句を鑑賞する能力なんかとどっかでつながっている。
 ところが、これができないのである。そういうBさんだと、Aさんの直面している事件に対する自分の評価が優先というよりすべてなので、Aさんの悩みが感じられない。したがって対話が成立しにくくなる。 つまりどこまでいってもBさんは自分の世界から出ていけないのである。おそらく俳句なんかつくれないと思うな。
 おそらく根は深いと思う。だがどうしてこういう人間がうまれるのか、今のところおいらにはすっきりと理解できない。おそらく一種の社会関係のdisorderだろうが。 しかしこのdisorderという英語はすごい。障害なんて日本語ではいいあらわせないものを含んでいる。 なんてったってorderがdisしちゃうんだから・・・・何いってんだかわからんだろうなあ。

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