2014年8月29日金曜日

俳句の味わい方・・・猫跨ぎ

ああ、良いご質問ですね。
俳句は、作者の主観そのもので、他者の目を斟酌していたら碌なことはないですね。同時に、一旦作者から離れて発表されたものは、もう読み手のもので、どう解釈されても作者は一切文句は言うべきでないというのも事実。
俳句は17音という最も短い文芸。徹底的に刈り込んで、省略をきかせているから、解釈が複数に分かれるのも当然という宿命を負っている。とくに特別な体験をベースに作句した場合はそうなってしまう。それを避けるために作句したときの状況を「前書き」で付記したりする。
とはいえ、何となく判るという共通の地盤はお互いに意識しているつもり。この辺は、曰く言い難いところですね。う~ん、何を言っているのかね。

2014年8月28日木曜日

俳句の味わい方   九州の熊

俳句の投稿はいつも見てはいる。よくわからないことが多いけどときどきああそうか、そういわれてみるとそういう見方もあるかな、と感じるときがある。仁ちゃんの句評に対する猫爺さんの補足説明を読んで、そうかそうことであったのか、と改めて原句を読みなおした次第。なるほどねぇ。
で、疑問がひとつ。俳句というのはいつも作者の主観の世界にもとづくもの。読む方(受け止める方)は自由に作者の想いを推量する。そういうやりとりになるということですかねぇ。ホロホロ会の句作は創作する者とそれを読む者が同じ土俵((ブログのなか)にいるから必要に応じて、今回のように補足の説明が可能。新聞投稿の俳句等は作者と読者、評者が独立に交流のない世界にいるのだけどその時はそれぞれの立場で勝手に解釈すればそれでいい、となる・・?そのときの句作の快感(創作の動機)はどういうところにあるんでしょうかね?
えっ!ど素人の愚問? もう少し勉強してから投稿しろ、と言われそう。ごめんなさい。


2014年8月27日水曜日

不謹慎ながら・・・猫跨ぎ

いやあ、涼しくなりましたね。今夏の暑さは異常だと困憊していたのがつい数日前。まことに勝手なもの。それにしても広島の土石流は息をのむね。気の毒と言うしかない。ちょっと不謹慎な言い方だが、同じ様な地形の山沿いの住宅地の不動産価格は暴落じゃないかなあ。逃げ出すばかりだ。

句評どうも有難う。原爆忌についてちょっとひと言。かく批評していただいてうれしいが、作句の動機は次のようなことで、ちょっとコメントしておきます。

・眼球はもの見る器官原爆忌
原爆体験については、第三者が軽々に詠うべきじゃないと今でも思っている。たまたま先日、NHKのルポルタージュ番組で長崎で被爆した女性の回想が放送された。当時、国民学校の生徒で、教室で仲のよい仲間とある作業をしていた。この女性が、用事でたまたま席を離れ校舎の裏に行ったときに原爆が炸裂。凄まじい爆風が校舎を襲った。一時して、教室に戻ると姿は一変していた。A子は全身にガラスの破片が刺さって瀕死。B子は眼球がやや飛びだし異様な表情になっていた。か細い声で、ぼんやり見えるけれど、と言ったという。二人は間もなく息を引き取った。爆圧で眼球が飛び出る事例は広島でも多く見られたと聞く。実体験の無い第三者がテレビを見て不謹慎を顧みず句にした次第。

函館通信2-6 猫跨ぎ句鑑賞

北海道も雨が良く降る。
止んで天気が変わったなと思ったら北から寒気を伴った高気圧が張り出してきた。
猫跨ぎさんの8月十句楽しく鑑賞させて戴きました。

・無人バス来て引き返す雲の峰・・・無人バスとは過疎化から崩壊の過程の山間の村落の事なのだろう。
・折鶴を開ければ白紙昼寝覚・・・何故折鶴を開いたのだろう。昼寝の夢の続きなのかもしれない。
・威銃下総旧家の奥暗し・・・北海道では威銃は未だみかけたことが無い。
・真清水の素瓶を透す寂しさよ・・・美し過ぎると寂しくなってゆくものかもしれないね。
・青鷺の佇つとき甍古りてゆく・・・青鷺は性質が良くなく工場の池の魚をよく取られたものだ。しかし一瞬で捉える能力は見事だった。
・眼球はもの見る器官原爆忌・・・取り合わせ絶妙。何事も自分の目でしっかり見る事が年齢と共に衰えてきているな。特選。


・盆提灯灯して夜を早めけり・・・走馬灯の様に廻る盆提灯を夕方早めに点  けたのかな。
・松籟の真只中に墓洗ふ・・・墓をも持たない人が増える傾向とか。松籟だけは昔から変わらない。
・蜩や思ひ出せない数へ歌・・・カナカナの声は何で過去の事象とこう上手く結び付くのだろうと以前から思っている。
・一瞬にして扇状地たり銀河濃し・・・雨が降って山から土砂を押し出し扇状地を作る。学校で習った記憶がある。しかし雨が集中し過ぎれば今回の様に・・・。宇宙はそれでも泰然としている。準特選。
 
五稜郭の濠はすっかりブルーギルに占領されてしまっている。
年間で1500匹位釣り上げて一時減ったがまた増加傾向になってしまった。

2014年8月25日月曜日

八月度十句・・・猫跨ぎ

今度は礼文島で土石流。もうところ構わずになってきた。気象変動が明確になってきた一年として記憶されるのか。

八月度十句。

・無人バス来て引き返す雲の峰

・折鶴を開ければ白紙昼寝覚

・威銃下総旧家の奥暗し

・真清水の素瓶を透す寂しさよ

・青鷺の佇つとき甍古りてゆく

・眼球はもの見る器官原爆忌

・盆提灯灯して夜を早めけり

・松籟の真只中に墓洗ふ

・蜩や思ひ出せない数へ歌

・一瞬にして扇状地たり銀河濃し

2014年8月21日木曜日

26.8仁句鑑賞・・・猫跨ぎ

1.横綱の深き懐今朝の秋
白鵬へのオマージュか。夏巡業で函館へ行ったのかな。

 2.残骸の大地縺れて夜の秋
残骸の大地とは。日本各地での局地的豪雨の土砂崩れの住宅地か、それとも空爆に曝されたガザの市街地か。山際の造成地は、最近の異常気象を常態と覚悟して、改めて見直さねばならないな。そして大震災の残骸は何処へ行ったか。それにしても、残骸の山は世界のあちこちで増え続ける。特選

3.まくは瓜進駐軍はもう来たか
「街の雨鶯餅がもう出たか」風生。まくわ瓜の黄緑色の縦縞が進駐軍の軍服を連想したのかな。はるか昔になってしまった。米兵は皆屈託なく明るい連中だった。小学校の屋上から遥か沖合の海霧の中に米軍の艦船が見えた。何だか子供心にもかなわないなという敗北感があったな。

4.拳玉の世界一周夏尽きて
拳玉は世界的な流行とか。こつんこつんと秋空に響くから良いので、なにやらカラフルでスポーツ化しているらしい。

5.蜩や学童疎開の兄戻る
実録だろう。今、しきりに思い出される光景か。北海道は幸いこの経験はしなかった。

6.大接戦終わるサイレン蔦青し
甲子園の熱戦は佳境に入った。球児たちは炎天にめげずグラウンドを走り回っているが、随分前のある情景を思い出す。苫小牧工業高校が夏の甲子園に出た。経験もしない炎熱で選手は困憊したのだろう。ピッチャーの振る舞いが無作法とうつったのか、主審が注意を与える場面があった。いや、違うんだよ。彼等を思いやって、痛く同情したね。

7.捩花や修道院へのおんな坂
捩花は今ごろ?何モノマーで一回転なのか小花を数えたことがあったが。情景が見えるね。準特選

8.角折れしレターパックや野分あと
レターパックが普及しているね。封書の切手代より安い場合がある。オレオレ詐欺の送金手段にも使われているとか。いろんな小物類を送る手段に使われているのだろうな、実際には。

9.ブルーギル攻め込んで秋五稜郭
問題の外来魚が五稜郭の池?にも侵入したのかな。秋五稜郭はちと苦しいね。

10.室内の手摺伝わり秋の声
いや、末尾で何やら現実に引き戻されてしまった。くれぐれも転ばぬ様に。

2014年8月20日水曜日

函館通信2-5

だいぶ時間が経ったら投稿の仕方を忘れてしまった。
二三日前から急に涼しくなって八月中はもう30度を超える日が来そうにない。
高校野球をTVやラジオで楽しんでいると時間が経つのを忘れてしまう。

先日の三重の大雨「特別警報」で津在住の先輩からメールを貰った。65万人近くに避難指示が出て実際の避難者は1%程度であったと。実際に65万人が避難できる能力が本当にあったのかはなはだ疑問だとの事である。地震をはじめとする災害にこれから遭遇した後の備えは私なんかも殆ど考えていない。ケセラセラか。

函館も昨日は雨が良く降った晴れた甲子園を見る一方で昔居た丹波市で家屋の泥片付けをやっている映像が重なって来た。日本国中油断は出来そうにないな。こんなぼやき同様俳句の方も夏枯れでさっぱりでてこない。絞り出した10句宜しく。


平成二十六年八月

1.横綱の深き懐今朝の秋

2.残骸の大地縺れて夜の秋

3.まくは瓜進駐軍はもう来たか

4.拳玉の世界一周夏尽きて

5.蜩や学童疎開の兄戻る

6.大接戦終わるサイレン蔦青し

7.捩花や修道院へのおんな坂

8.角折れしレターパックや野分あと

9.ブルーギル攻め込んで秋五稜郭

10.室内の手摺伝わり秋の声

2014年8月14日木曜日

盗聴・・・猫跨ぎ

  地球規模の盗聴をアメリカがやっているなら、ロシアも、中国も、イスラエルも、そして日本も(ほそぼそと?)やっていると考えるのが妥当じゃないか。スノーデンなる人物が暴露した後、瞬く間に、彼の携えたスキルはロシアに洩れ、ロシアのスキルと化し、全然秘密ではなくなる。このように相対化して、どこでもやっているじゃないかというのは正邪の感覚を鈍感にさせる弊があるのは承知の上で、そういう認識というか覚悟は必要だろう、国際政治では。けしからんと怒っても現実の変化は我々の常識をあっというまに置き去りにしていく。特定秘密保護法くらいの鎧は国際社会で必要じゃないか、とはちょっと牽強付会か。

ところで、いつも思うのだが、こういう引用の投稿は、何処が著者で、何処が筆者の見解なのかよく判らんところがあり、霧に包まれる気がする。投稿者自身の見解を要所で、また末尾にはっきりと開陳すべきだろう。それが最低のマナーというものではないかな。ところで誰だ?

2014年8月13日水曜日

『暴露 スノーデンが私に託したファイル』を読む・・  褌子

 『暴露――スノーデンが私に託したファイル』(グレン・グリーンウォルド・新潮社2014年5月)を読んだ。
 エドワード・ジョセフ・スノーデンは、アメリカ国防省の国家安全保障局NSAとCIAという合衆国の二大諜報機関に籍をおいていた。9・11以降、NSAがアメリカ全国民(全国民!)の個人的な通信情報、電話通話記録もメール内容もブログはむろんフェイスブック発言もインターネットの閲覧履歴さえもすべて収集し、3万人ものNSA職員、6万人の下請け会社をつかって分析し、アメリカ政府が合衆国憲法に違反して国民の個人情報のすべてを極秘で集めていることに、生来の正義感からどうしても憤りを隠せない。呻吟のあげく29才のスノーデンはNSAの最高機密情報をごっそりもちだして、香港に逃亡。アメリカ政府の謀略や政府と癒着しているマスメディアの堕落を追及してきた実績をもつジャーナリストで弁護士のグレン・グリーンウォルド(42才・ブラジルのリオ在住)に、香港で密会しすべての情報を提供するのである。
 グリーンウォルドと絶対の信頼関係をもつ数名のチームが英紙ガーディアンをつかって一切を世界に暴露する。昨年の5月21日のことだ。9・11以降、「テロとの闘い」を名目に監視国家に変貌したアメリカの恐るべき実態が白日の下にさらされる。本書には最高機密文書も多数収録されていて煩瑣でもあるが読み応えもある(アメリカ資本主義の腐朽はここまできているのかという感懐も絶えず)。
 マイクロソフトもアップルもグーグルもヤフーもFacebook社もAOLもインテルもIBMもモトローラもA&AT社も、NSAと極秘契約を結び協力させられていた。ニューヨークタイムスもワシントンポストもグレン・グリーンウォルドは信頼していない。まさにジョージ・オーウエル『1984』を地でいく世界ができあがっていたのだ。(本書ではTwitter社は協力を拒否したと書いてある)
 フェイスブックもユーチューブもスカイプもそしてgoogleメールも全部、NSAは収集していた。すべてを収集しすぎたために取捨選択でいつも混乱がおきたともスノーデンは告白している。(ドイツのメリケル首相の電話もNSAが盗聴していた証拠があがって、メリケルはカンカンになってオバマ大統領に抗議した。在米日本大使館の通信がすべてNSAに盗聴されていたことも明らかになったが、日本政府は抗議しなかった。日米軍事同盟のもとNSAの収集した日本国民の情報は内閣調査室、公安調査庁や新設された日本版NSAにオンラインで提供されているのではなかろうか)
 私はフェイスブックの愛好者であるが、私の書いたこと、写真もすべてアメリカのFacebook社の巨大なハードディスクを通じてNSAが閲覧しようと思えばいつでも原理的には閲覧可能であったことを本書で知った。
 スノーデンの命がけの告発で(米政府から逮捕請求されているがロシアに亡命中といわれている)現在のNSAがどの程度、情報収集活動を自己規制しているかは知らないが、日本も秘密保護法が強行され、日本版NSAが創設された今、着々と国民監視システムが構築されていることは疑いえない。住基ネットから国民総背番号制の導入も画策されている。
 秘密保護法のむこうは全く何も見えないが、向こうからはわれわれ国民は丸見えなのである。秘密保護法の廃止なくして国民主権の民主日本は決してありえないのだと痛感した。
 インターネット技術はもともとはアメリカ国防総省が開発したが、全世界で活用されて長きにわたり、民主化と自由化を促進し、抑圧からの解放さえもうながす前代未聞の利器であると歓迎されてきた。
 しかし、インターネット社会の光と闇の両方をわれわれは知るべきである。

2014年8月11日月曜日

木枯ふたたび・・・猫跨ぎ

  山口誓子の「海に出て木枯帰るところなし」について、当欄で持論を述べたことがある。思い出しつつ書く。
この句は印象深いから、戦後、多くの鑑賞、批評の対象になった。しかし、特攻機との関連を指摘したものはなかった。平畑靜塔(京大事件で弾圧された)の鑑賞しかり、誓子の弟子だった鷹羽狩行の解説しかり。とうじ伊勢の片田舎で療養生活を余儀なくされ鬱屈していた(住友生命を事実上クビになった)。同時期の一連の作品を眺めても、時局を批判するような作品はない。この句だけだ突出している。
言水の「木枯の果てはありけり海の色」を下敷きにした、心境俳句だという解釈が一般だった。また、この句が句集に収録されたのは戦後になってからで、特高の目を恐れる必要は何もない。
誓子は昭和30年代に入って、突如、特攻機を詠ったものだと言い出した。それがいまや定説になっている。本人が言っているのだから間違いないといえばその通りだが、この10年以上の沈黙がどうもひっかかる。何か、それらしく深読みし、解釈する世間の声を聞き、アト解釈を自句に加えたのではないかというのが、意地悪な私の見解だ。そうでなければ10年の沈黙は何だったのか。まあ、そういえばそんな気がしてきたのではないか。

2014年8月10日日曜日

もう一回    ・・・褌子

 きょう、夕方、高校生三人をMさんが突然連れてきた。
 高校生たちは、原水禁大会に行くのでカンパのお願いにきました、と礼儀正しく挨拶をし、30分くらいであるが楽しい会話をすることができた。
 高三年のK君は英語の検定試験を突破したいと語ってくれた。好きな本はもっぱら推理小説だという。K君が中学1年の時に後援会の越年スキー旅行で同室になったことがあり、星新一の本に読みふけっていたことを思い出した。
 Tさんは高二年であるが今なんと『ハンナ・アーレント』を読んでいるというので驚いた。『ハンナ・アーレント』は昨年映画になって私も岩波ホールでみたことがある。アーレントは、ナチスの迫害からアメリカに逃げてきたユダヤ人の女性哲学者。ユダヤ人を数百万人もガス室に送った実行責任者アイヒマンが捕まって裁判になり、アーレントはイスラエルに傍聴に行く。ところが被告席のアイヒマンが世紀の極悪非道な悪魔ではなく、小心で平凡などこにでもいる小市民風の男であることを知ってアーレントは衝撃をうける―――――というあらすじで、わたしは原作を読んだことがないが、高校二年生の読書力に感動してしまった。
 高一のSさんは『ハリーポッター』にはまっているという。私が読んでいないと言ったら、引率のMさんから『ハリーポッター』もまだ読んでないんですか、と言われてしまった。
 Mさんはたぶん20才後半の女性であるが、数年前に不破哲三『資本論全三部を読む』全七巻をプレゼントしたことがある。この本は私もひさしぶりにまじめに輪講で読んだ本でいっぱい書き込みをしてあったが、彼女が学習会で使うのだが全部買うのが大変…と言ってるのを耳にして、ぽんと気前よくプレゼントしてしまった。私の書き込みがとても参考になりました、とお世辞半分に彼女がいってくれたのが、うれしかったものだ。

さらに転載   ・・ 褌子

■ 隠すより現る ■  きょうの一句
 広島でも長崎でも平和記念式典の首相あいさつが、昨年のあいさつ文の流用、コピペだったことがばれた。被爆者冒涜きわまれり。戦争はいやです、集団的自衛権閣議決定を撤回してくださいという被爆者のうったえを、心ここにあらず、馬耳東風と聞き流している首相の顔写真をみて思い出したのが、百人一首、平兼盛さんが詠める

     しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
        ものや思ふと 人の問ふまで
 
 現代訳 ⇒(原水爆禁止運動なんてとんでもない。原発にしがみついて、いずれ核武装もするのだと…)心に秘めてきたけれど、ボクちゃんって正直なんだなあ顔や表情につい出てしまっていたようだ。
 (あこがれの軍事大国への)恋の想いごとでもしているのですか? と、人に尋ねられるほどになってしまって・・・・

FBより転載  ・・褌子

  ■海に出て木枯帰るところなし■  きょうの一句
 1944年暮れの作という山口誓子(1901~94)のこの句をはじめて目にしたとき、木枯(こがらし)=特攻機 とみたてた句かもしれん・・とちらりと思ったものだ。
 ところが山本健吉『定本現代俳句』では、山口誓子について13ページも割きながら、この句の解説にそんなことはひと言も書いてないし、大岡信『百人百句』の山口誓子の項ではこの句を紹介さえしてない。そうか、小生の勘違い思い過ごしであったかと、すっかり忘れていたのだが。
 ・・・先日、『八法亭みややっこの憲法噺』で飯田美弥子弁護士の講演をきいていたら、木枯の句こそ学徒動員でひっぱりだした学生たちを片道燃料の特攻機にのせて死地においやる軍部への痛烈な批判の句だというのである。(特攻作戦は1944年10月21日に一号機が飛び立った)
 しかも東大俳句会を結成した頭脳明晰な俳人らしく、特高警察の追及を受けても「これは芭蕉と同時代の池西言水の『木枯らしの果てはありけり海の色』の本歌取の句でありまして、警察の方はご存じないのですか」とちゃんと逃げ道をこしらえてあったというのだ。
 飯田美弥子弁護士のいいたいことは「戦争中は、わずか十七文字のことを言うのにさえ、これだけの覚悟と準備をしなければならない時代だった」ということ。
 作者の山口誓子自身は昭和32年になって、雑誌『財界』に次のように述懐している。
・・・・
 海に出て木枯帰るところなし
この句は、後に世評に上った句であるが、昭和十九年の作である。この句を作った同じ日に、
 ことごとく木枯去って陸になし
といふ句がある。陸上を吹いて走ってゐた木枯はすべて海上に出尽し、陸上は静まりかへってゐるといふのである。
「海に出て」の句は、この句を経て、更に木枯を主体化したものである。吾が身が木枯になって海に出たきり、最早陸地へ帰ることはないといふのである。この句を作ったとき私は特攻隊の片道飛行のことを念頭に置いてゐた。この句はあの無残な戦法の犠牲者を悼む句でもあった。

2014年8月7日木曜日

あらあら・・・猫跨ぎ

  連日の猛暑。朝カーテンを開けると、雲一つ無い青空が広がっている。
理研がとんでもないことになったなあ。よそ者の勝手な感想にすぎないが、理系の人のマネジメントの拙劣さだな。まず理事長は何をぼんやりしていたのか。正否は二の次。人事、組織面で迅速な刷新をすべきだった。棚晒し、生殺しになってしまった。
小保方晴子をひとり悪者にして、逃げる方策はあったのに。組織もそれを望んでいた。しかし彼はメフィストフェレスの囁きに乗らなかった。心優しい人物だったのだろう。

2014年8月3日日曜日

今日も暑い・・・猫跨ぎ

  日野原重明氏ね。彼は会議での居眠りは有名な話だ。それより、老害だね。世間は珍しがっておだてるが、職場では困っているんじゃないか。判断力や構想力は絶対衰えている。引き時をわきまえるべきだろう。
  追出し部屋というとおどろおどろしい。しかし有名企業だから話題となったが、形を変えてこういう事例は沢山あると思うね。経営危機を発端とする場合の他に、常時、いわゆる「好ましからざる社員」を辞めさせたいと考えている。そのための首切りを指南するコンサルタント業が多く存在し、いろんなノーハウを伝授する。勿論それを採用するかどうかは経営者だけれど。日本的終身雇用は長短あったけれど、もう昔の話だね。

ブラック企業…国兼

  牛丼のすき家のすさまじき労働体質が明るみにされた。あまりの過酷さに相次いで従業員が辞め、店を開くことも出来なくなってきたらしい。私は昔から牛丼は吉野家のファンで、外出して昼飯を食う時には吉野家で、吉野家が見つからない時には松屋かすき家を探して食べたものである。安くて速くて、中に入って15分ぐらいで食事がすむ。何時頃からか、すき家が牛丼御三家の中でトップの店舗数を誇っていたが、その裏には従業員にこんなことをと・・・経営者どもの愚か者めがと・・・。
 以前ならこう切り捨てるところだが、つい数週間前に私が務めていた会社が「追い出し部屋」なる不思議な部屋を作ったことで世間を騒がしていた。3年ほど前に経営者どもの過剰な投資の失敗を従業員に転化し、退職勧告に従わない人間を「追い出し部屋」に送り込んだという。かって、昭和39年ごろ倒産の危機にあったという時でも、創業者社長は「三愛精神」という自らの信念に従い従業員を一人も解雇せずに立て直しを行った会社がである。ゴルフに興じ、話題というとゴルフぐらいで、「唐様で書く3代目」の類である。大馬鹿者目がと・・・。
  話代わって、あの世から戻って以来、私もクスリのせいか夜中に一度目が覚める。それまでは、一度寝ると朝起きるまで熟睡していたが、その良き習慣が失せてしまった。その代わり、昼食後に眠たくなり、まどろんでしまう。皆さんのお話を読むと、それなりの老化現象なのだと。10月はジャンボタクシーの中で居眠り競争でもしようか?

2014年8月2日土曜日

人生照る日もあれば曇る日もあるが  褌子

きょうの土曜日は特に暑かったがいいこともあった。
「帆乃香」に3時頃、新聞の集金もかねて昼ご飯を食べに行った。トウモロコシがあったのでおいしそうだね、といったらお客さんがもってきてくれたんだが、「好きなの?」というので、しおらしく無言でコックリとうなずいたら、一本くれた。飯の前菜みたいだが、やわらかくおいしい。
さらにたった五百円のお刺身定食を食べ終わり(好物のカツオだったが、おろし生姜でなくワサビだったのが玉に傷だが、五百円だから贅沢はいえない…)百円のアイスティーを飲んでいると、
カウンターのザルに煮たばかりのワタリガニが四匹積み上げてある。ワタリガニの甲羅って煮るといい色だなあ・・とついつぶやいてしまったら、ママさんがワタリガニを「食べる?」といっ
て出してくれた。むろん小生の日頃の品行方正な人柄を知ってのサービスである。ハサミでばりばり切って、太ったカニの堅い甲羅の中の味噌をスプーンを借りて夢中で掬ってむさぼり食べていたら、「そんなにカニ好きなの?」というので、しおらしく無言でコックリとうなずいたら、「じゃあ、お中元に全部もってけーどろぼう! 奥さんと仲良く食べな」と残りのワタリガニ3匹全部を氷と新聞紙でくるんで、ほかのお客さんに内緒でくれた。

与命歴   褌子

猫跨ぎさん逸徳さん 居眠りなどしているときではありません。
日野原先生は百才超えて今も朝早くから勉強し、エレベーターにもエスカレーターにも乗らないそうです。先生はお酒は飲んでいるのかな。

居眠り考・・・猫跨ぎ

  就寝から起床まで一気通貫、熟睡したのは何時のことか。小用もあるが、2,3時頃無意味に目覚めるのは全く困ったものだ。その代わり昼間の居眠りも全く同じ。メシを食っては食後の居眠り、テレビを見ては居眠り。俳句をひねりつつ居眠り。句会では連続10句ほどスポーンと記憶から消えていることがある。「寝方が上手いね」と隣の八十翁から揶揄されるが、なに、彼も同類だ。机にむかっての居眠りは、何ごとか考えている風にも見えるらしく、多分、昔の授業時に身についたもの。
  しかし、猛暑中に、声涸れるほどの演説か。変わってないね―というか大丈夫かね。「またも無謀な70才」、熱中症の記事ネタにならぬことをお願いしたい。ちなみに、こちらの老いぼれは、集団的自衛権容認論なんだが、まあ、そこのとこよろしく。

2014年8月1日金曜日

こっちも眠いが・・・褌子

いつも眠いのは逸徳さんと同病相憐れむだ。朝は必ず4時前に目が醒める。
あんまりフローリ高分子化学とかメンドクサイ本は苦手になって、最近は松本清張や藤沢周平などの文庫本を読みだしたとたんにうつらうつら寝ている。テレビはつけたとたん、寝ていると女房が笑っている。
しかし、川内原発についで静岡では浜岡原発も再稼働にむけて蠢いているではないか。
市原では県北部のホットスポットにたまった8000ベクレル以上の放射性廃棄物のもちこみ処分場問題がもちあがって、ねらわれている養老川の水源地である大福山地域にも視察にいかなきゃならん。
炎天下、中国残留孤児の家庭をたずねてオーラルヒストリーというのか聞き書きをはじめた。
先週は信州阿智村の満蒙開拓団記念館にも行ってきた。
集団的自衛権閣議決定撤回せよ、と千葉大前で青年たちと千葉大学生向けに週一回くらい演説しているし、地元市原でもデモ行進もやった。強烈な西陽のもと一時間スーパーメガホンでしゃべりっぱなしだったら、汗が目に入ってきてくらくらした。無謀だった。が、こういう無理をしたあとのビールはうまいし、ふとんに入ったとたん寝てしまう。しかし朝3時半頃に目がさめるのがあれが困るねえ。

暑い・・・・逸徳

しばらく投稿しなかったら相手にされなくなると聞いて、いそいでつばをつける。 お暑いですな。つい、隠れ家の飲み屋にあしをはこびたくなる。なんせ4時から7時しかやっていない店で、7時になると追い出されるんだ。
 
 
最近は、固い本を読めなくなった。眠くなる。したがって探偵小説や軽い時代ものを眠り薬がわりにちょっと読んですぐ眠るのだが2時とか3時に一度めがさめる。みんなそうなのかなあ。で、かならず昼過ぎから眠くなる。1時間のひるねで疲労感が消える。 晩酌をやって風呂にはいり11時すぎに布団に横になる。階段をのぼるとき、時々ばかにつかれて階段が大変に感じることがある。これはやばいと思っていたら、なんのことはない。晩酌のやりすぎで酔っていたんだ。しかし、その自覚がない。うむ、酔生夢死の境地にちかづいてきたぞ。