2014年8月28日木曜日

俳句の味わい方   九州の熊

俳句の投稿はいつも見てはいる。よくわからないことが多いけどときどきああそうか、そういわれてみるとそういう見方もあるかな、と感じるときがある。仁ちゃんの句評に対する猫爺さんの補足説明を読んで、そうかそうことであったのか、と改めて原句を読みなおした次第。なるほどねぇ。
で、疑問がひとつ。俳句というのはいつも作者の主観の世界にもとづくもの。読む方(受け止める方)は自由に作者の想いを推量する。そういうやりとりになるということですかねぇ。ホロホロ会の句作は創作する者とそれを読む者が同じ土俵((ブログのなか)にいるから必要に応じて、今回のように補足の説明が可能。新聞投稿の俳句等は作者と読者、評者が独立に交流のない世界にいるのだけどその時はそれぞれの立場で勝手に解釈すればそれでいい、となる・・?そのときの句作の快感(創作の動機)はどういうところにあるんでしょうかね?
えっ!ど素人の愚問? もう少し勉強してから投稿しろ、と言われそう。ごめんなさい。


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