2014年9月30日火曜日

逸ノ城・・・猫跨ぎ

  逸ノ城とは、モンゴルの遊牧民の出身とか。ゲル育ち、移動生活をしていた。両親の画像が出ていたが、まさに遊牧民そのもの。しかし、図抜けた体格はモンゴルでも有名で白鵬も前から知っていたらしい。
小錦、曙、武蔵丸などハワイ出身の巨人力士はいたが、何となく脇が甘く緩慢なところがあり、いかにも隙があちこちにありそうだった。ところがこいつは、やたら俊敏、相撲が速い。来場所からひょっとしたら三役。いきなり優勝候補・・・と言いたいところだが、まだまだ。必ず弱点がある。先輩古参連中は、徹底的に分析する。これが伝統芸の懐の深いところだ。
  ところで、台風18号が発生したね。今週末から来週日本に影響が出て来るらしいが、どうも進路がいまいちはっきりしない。

2014年9月29日月曜日

いよいよ九州旅行がせまる   ・・・褌子

九州の熊さん。こんにちは。
拡大縮小のタグというのはどこにありますかね。このブログは西原さんから紹介されて、一応わたしが作ってみたんですが、先日も一か月近くも発言しなかったら、すっかり忘れて投稿場面にアクセスするのに苦労しました。物忘れがひどくて・・・
ところで、いよいよ10月5日(土)が近づいてきました。私はJALで16:10宮崎空港着ですので、宮崎空港駅発17:19の電車にうまく乗れれば、延岡駅近くのホテルメリージュ(Tel0982-32-6060)にたぶん●●時ごろに着くと思いますので、みなさん先に美味しいお酒を飲んでいてください。
四日間、お天気だといいですね。現地のお天気予報はいかが?
別府温泉や九重連山、由布岳などで突然の水蒸気爆発が起きないようにお祈りするばかりです。

ご存知でしたか    九州の熊

このブログは読みやすくかついろんな機能がついていて楽しみが多い。ただひとつ欠点は字が小さくて高齢者向きではないなと思っていたが、先日画面をいじりまわしていたらなんのことはない「拡大/縮小」というタブをみつけた。画面を110% 125% 150% ・・ とできることがわかった。IT音痴といわれそうだがいままで気付かず(気付く努力もせず)目をしょぼつかせて読んでいたのがうそみたい。ああ、また笑われる~っ! まだ初期値の100%画面で見ていた方がいらしたらだれにも言わずに自分でそっと設定変更をしてください。

2014年9月28日日曜日

御嶽山が・・・国兼

  何年か前に、リンゴ狩りに長野に行く途中にこの「木曽の御嶽山」をロープウェイで上ったことがある。なだらかな斜面が続いていた。
  その御嶽山が噴火したと!!!12時少し前の噴火というから、頂上付近にいた200人を越える登山家は、汗をぬぐいながら景色を堪能し、一服したり、さてゆっくりと昼飯をと思ったに違いない。それが突然に目の前に黙々と煙が出て・・・驚いたに違いない。心肺停止の方が30名を越えるという。私も5ヶ月前に似たような思いをしただけに、ご家族の方はと思う。・・・。業平ではないが、まさか「きのうきょうとは思はざりしを」の世界である。
 話代わるが、猫さんの相撲のお話、「逸の城」なる四股名の相撲取りの名を先週日曜日のサンデーモーニングで初めて知った。ともかく、まだ髷の結えないザンバラ髪のモンゴル人で、またもモンゴル人かと・・・。昨年の今頃、同じザンバラ髪の遠藤が多くのファンの期待を裏切って、今場所は大きく負け越して、張本ならずとも「テレビのコマーシャルなどに出る暇があれば稽古しろと」、尤もである。
  でも強いね、脚の周りが90cmとか、私の胴回りよりもはるかに太い。これでまた、10年以上はモンゴル場所が続きそうで、当分の間、テレビで相撲を見なくてもよさそうである。
 またまた、話代わっての本題の話、氷が滑る話での逸徳さんの思い出話の件。五本さんが元気にこのブログを読んでいたら、何か一言「助け船」を云ってくれたことだろうが…本当に残念だね。で、私は人がスケートを滑ることができるのは、圧力による融解温度の低下であると。圧力による体積増加という水の異常性質による、ル・シャトリエルの法則から説明されると。数値計算からさほど融点は降下しないといわれると???摩擦説は信じられないし、凝着説もイメージがトンと湧かないし。

 今、褌子さんの投稿を読んだ。大分県人のお薦めスポットの件、これらはこばさんの旅行スケジュールに組み込まれているものが多い。それよりも、8日の日どこに行こうか真剣に考えては如何???国東半島は前日に著名な所は大方回るので、残るのは別府の地獄温泉巡りとかショウモナイものしか残っていない。ここは多々本を読んでいる褌子さんの出番ではなかろうか?それとも多言なる逸徳さんかな?

大分県のひとからの助言を旅行の参考までに・・・褌子

せっかくの国東半島ということですので、ぜひお勧めしたいところがあります。宇佐神宮はもちろんのこと、国東半島を支配していた権力ですから必見です。加えて、豊後高田市の町「昭和の町」ということで「町おこし」の象徴的事例として映画にもなり、NHKでも全国放映されました。国宝の富貴寺(ふきじ)、真木(まき)大堂、熊野磨崖仏、などの六郷満山文化をご覧になられることをお勧めします。中世荘園村落遺跡・田染荘(たしぶのしょう)は先ほど世界農業遺産に登録されました。棚田でも有名です。「仏の里」と言われるほど、石仏があちこちに見られ、また寺院・神社の入り口には仁王様が数多く見られます(全国の8割の仁王様)。まだまだ多くのところを紹介したいのですが、限られた時間になることですので、これで終わります。故郷はいつ見ても懐かしくいものです。Bon voyage!

逸ノ城はふてぶてしいいい顔しているね・・・褌子

逸ノ城は名前も顔も知らなかったが、猫跨ぎさんがすっげえのがでてきたというので、昨日はテレビでかぶりつきでみました。モンゴル草原でオオカミと闘ってきたみたいな狩猟民族の戦闘的ないい顔している。蒼き狼チンギスハンもこんな顔だったのではないか。有名なフビライ肖像はやや農耕民族の漢化した風貌だが。
しかし文永弘安の役では、何とかかんとか台風のおかげで水際でモンゴル勢を撃退できたが、相撲では完全に「元寇」に負けちゃったねえ。国技の大相撲が国際化したのはじつに英断。他民族を排除して飽食時代の弱々しい日本の若者だけでフンドシしめてやっていたら消滅していたかもしれない。ヘイトスピートなどと朝鮮民族を蔑視する連中は愚かきわまれり。モンゴロイドの数万年の大移動のなかで日本列島に道草食って居座ったご先祖様が朝鮮半島はじめ北から南から渡海してきた諸民族と混血に混血を重ねてできあがったのが今の日本人の祖型ではないか。弥生時代をうみだした稲作技術も揚子江の江南から渡来してきたとわかっている。混血をきらい狩猟漁労で平和に生きるアイヌ民族を北に北に追いやって。(縄文人の名残を留めているとアイヌ民族と琉球諸島人の血のつながりの深さはDNAでも証明されている)

FBから転載・・・褌子

 ジュラ紀白亜紀のころは、本州の日本海側の青森から中国地方、北九州までが、北海道やサハリンのずっと北にあった。(というか、北海道やサハリン島と本州の太平洋側、南九州、四国などがずっと南側にあった。サンマを二枚におろしたみたいに)
 日本列島の成り立ちにかかわるイザナギプレートが動いて一億年ちかくかけてだんだん今の日本列島みたいになるのだが、そのときの断層が列島を東西に貫く中央構造線らしい。イザナギプレートは年に20~30センチという速さでユーラシアプレートの下に沈み込み約2500万年に消滅した。
 日本列島はできてからも糸魚川静岡構造線いわゆるフォッサマグナでほぼ直角に折れ曲がっていた。伊豆半島ははるか南の海にあったのが北上して列島に激突し、今もぐいぐいと押している。
 日本列島の地殻は日々はげしく動いている。おかげで美しい山や温泉がたくさんできたのだが、御岳噴火にみるごとく、いつどこでどんな噴火や地震が起きるかわからない。原発はすべて廃炉、リニア新幹線もやめたほうがよい。

2014年9月27日土曜日

重要な一戦だった・・・猫跨ぎ

  相撲に関心の無い向きにはどうでも良いことだが、今日の白鵬vs逸ノ城は、久々にハラハラした。逸ノ城がどんな力士かは前回紹介したとうり。まだ髷を結えない新参者が二大関を粉砕し、昨日は横綱鶴竜を叩き込み。注文相撲はけしからんという声もあるが、新参者が横綱に対して反則以外の何でもありは当たり前。負ける方が情けない。もはや最後の砦は白鵬だった。
まあ結果は、組止めた白鵬が簡単にこれを転がした。やはり白鵬が段違いの実力者であることが実証された。これが負けたらどうなったか。大相撲の屋台が引っ繰り返されるところだった。横綱を頂点とするヒエラルキーの崩壊(笑)。
さて、この異能児も髷を結って普通の相撲取りになって、いわば相対化されて、しかし勿論強豪力士として大相撲に溶け込んでゆくのだろう。そんな道筋が見えた今日の一番だった。そういう意味で極めて象徴的な重要な一番だったのだ。お判りかな。

2014年9月26日金曜日

かわいいのはどちらだ・・・猫跨ぎ

何を周章狼狽しているのかね。急な後退発言が見苦しい。だったかもしれん、いやちょと待て、違うかもしれん―これは、良く見る風景。
こういう時は、正直に思いを吐露する。何故、五本さんを例示したか。その心理の奥底を見つめること。それが、一番望ましい好かれる老人の生き方というもの。

2014年9月25日木曜日

あのねえ・・・・逸徳

おいおい、おいらが低温研究所にいったのは五本さんといっしょとは書いていないぞ。まちがいなくおいら一人でいった。それははっきり覚えている。 誰かと議論した記憶があるが、それも相手が五本さんとは断言していない。 釧路のスケートの会話の記憶はあり、それが五本さんかどうかも定かでなく、釧路だから五本さんかなと推理しただけ。もしかしたら2講座のだれかかもしれん。永田さんではないぞ。文をよく見なさい。 しかしまあ、君たちがやっかむのはわかるが、これがホントなら君たちの夢をこわすかね。こういうのを心理学でいう投影という。自分の心理を相手に投影するのである。君たちの五本さんへの憧憬を感じてなんとなくおかしくってかわいい。 やきもちかい。どうでもいい話だ。

幻想ではないか・・・猫跨ぎ

  まあ五本さんと額を寄せて、スキー、スケートが滑る論議をしたというのは、断定するがウソだね。あらまほしき幻想が本当に思えて来たのだろう。だからそれに纏わるあれこれのはなしがどうも真実性を失ってきたと見る。70過ぎの爺さんの幻想即興曲、憐れをかこつというしかない。
  褌子氏の文章にもいろいろ誤りがある。荒川洌ではなく荒川泓 だね。二講座の長多さんではなくて永田窈子さん。(永田洋子は連合赤軍)。永田さんといえば、シクラメンの鉢を携えた件を議論せずばなるまい。

  大相撲を見ている人がいるかどうか判らないが、いま大変な事態になっている。
幕下付け出しでデビューし4場所で幕内に上がってきた、逸の城(いちのじょう)というモンゴル力士がいる。これが強いの何の。まだ一敗で、どんどん上位に当てられているが、悉く撃破。昨日は大関稀勢の里をはたき込み、今日は新大関豪栄道を上手投げで一蹴した。どちらが上位か判らぬ一戦だった。
  本来はぽっと出を、古参の上位がこてんぱにやっつけて、まだまだだ、この若輩めがと睨め付け、観衆がやんやの喝采―というのが、予定調和というもの。それが見事粉砕されて、館内は不気味に静まりかえった。
  こんな風景を始めて見たね。桁違いの力士の登場。これまでの大相撲が、ママゴトに見えてきた。遠藤?もう影も形もないね。

思い出した・・・ 褌子

氷が滑る話は思い出しました。たぶん2講座で応電の荒川洌先生が出張してきて『水の話』をしていた。そのときに出た話ではなかろうか。どうもフェルミ『熱力学』の輪講ではなかったような気がする。(中川先生は後輩の荒川先生とたいへん仲良しだった)
逸徳さんが五本さんと低温研究所まで、氷がなぜ滑るのか?と調査にいったはなしというのはえー本当かな~と怪しいなあとやや信憑性がかけるような気がしないでもないが、五本さんももう証言してくれないし・・・。そんなバナナとはいわないが、なんとなく。しかしやさしい五本さんなら頼まれたら断るわけがないから、やはり真実の秘話なのであろう。2講座の長多さんではなく4講座の五本さんが逸徳さんに同道してくださったのはなぜだろうか。そこに青春の蹉跌というか深い意味がありそうだ。まあ、こんな逸徳さんの悲恋につぐ悲恋のまま津軽海峡を渡って郷里へ帰っていった話を酒菜に延岡のホテルメリージュではうまいお酒を飲みましょう。

2014年9月24日水曜日

滑るはなし・・・猫跨ぎ


しかし便利な時代になったね。ネットを叩くと直ぐ出てくる。以下にこの問題についての(北大の人?)記載があるので、長文であるが引用しておこう。ひま人はご覧あれ。
一つ訂正。圧力をかけると、融点降下ね。融点上昇なら融けにくくなる。勘違い。
 

2月に入り、ここ札幌の冬はますます厳しくなっています。最高気温が0℃ないのも当たり前です。今年は暖冬と言われますが、あまり実感できないものです。

その寒さ故か、北国の気候では様々な問題が起こります。その一つに路面の凍結があります。路面の凍結は(あの悪名高い!) アイスバーンともいいます。気温が氷点以下になり道路面上の水分が凍りつくことで凍結が生じます。このため、冬になると車のスリップ事故や歩行者の転倒事故が数多く起こってしまいます。札幌市では機械除排雪、凍結防止剤の散布、砂箱設置による安全対策をしていますが、問題の解決は難しいようです。

つるっと滑って転ばないためにも雪道を歩くときには足元に注意しなければいけません。しかし、ここである疑問が。なぜ凍った路面で滑ってしまうのでしょうか?どんなに注意してもツルツルの氷の上では簡単に滑ってしまうことが多いでしょう。一見理屈は簡単そうに見えても、説明するのは難しいのではないでしょうか?では、これから科学の世界から氷を眺めてみることにしましょう!

科学の世界では昔から氷について様々な研究がなされていて、最近になって新種の氷が発見されていたりします。「なぜ氷の上で滑ってしまうのか」今までこの問題についても様々な説が考えられてきました。ここでは「圧力融解説」「摩擦熱説」「凝着説」という3つの有力な説を紹介していきます。

まず1901年にイギリスのレイノルズが圧力融解説を発表しました。圧力のために氷が融解し、解け水が軟滑剤の働きをするというものです。これには氷の「圧力によって融ける温度(融点)が下がる」性質が用いられています。この説は一見理にかなっているようです。しかし、後になってこの理論には大きな欠陥が見つかりました。例えば平均的な体重の男性がスケートに乗った場合、片足で15気圧ほどになります。氷は1気圧の圧力を加えるごとに融点が0.0075℃ずつ下がるので、この場合には氷の温度が-0.11℃より高くなければ氷はよく滑らないことになります。しかし実際は-5℃でも-10℃でもスケートはよく滑ることは明らかです。よってこの説だけでは説明不足となります。

この説に対し、1936年に「解け水は圧力でなく摩擦熱によって生じる」とケンブリッジ大学のバウデンとヒューズが摩擦熱説を発表しました。滑り台で滑った後、お尻が熱くなったことはありませんか?あれは摩擦熱が原因です。彼らはスキーを使って多くの実験をしてその説に至りました。スキー板と氷が生じた摩擦熱により滑るのではないかと。しかし後の実験で「速度が速ければ速いほど滑りやすい」という彼らの主張にも矛盾が見つかり、この摩擦熱説も学者の一部から疑問の声が上がっています。

他にも接触面でお互いの表面の原子の結合力により固体同士がくっつくことで滑る、凝着説があります。しかし有力であっても、この問題は未だに解決されていないのです。

結論を言いますと、氷の上で滑る原因ははっきりとは分かりません。しかし、研究途中ということもあるので、新たな進展がありましたら報告しようと思います。また、最初に路面凍結について記しましたが、雪や氷は悪い面ばかりでなくウインタースポーツを楽しめるといういい面もありますよね。これを機に身近な氷や雪の科学について考えてみてはどうでしょうか?

<参考文献>

前野紀一著『新版 氷の科学』(北海道大学図書刊行会発行)

そういえば・・・・逸徳

で、懐かしい話なのでよこから参加する。 氷の溶ける話。あれは確かフェルミの熱力学の中川さんの講義の時だった。氷に圧力をかけると融点が上昇する、これよくスケートが滑る理由として出てくる。つまり融点上昇によって発生した水の薄膜が潤滑油の役をするというのだ。ところが、講義でこの話をきいて、議論の相手が誰だったか記憶が不鮮明だが、これ何か変だということになった。時期は初夏、相手は五本さんだったような気がする。釧路はスケートが盛んだったから。
 つまりそんなにすぐ薄膜ができるか、それはまたすぐ凍らないかということだったと思う。そこで、当時、理学部本館のすぐ横にあった低温研究所、小さな建物であったのを覚えていたが、そこにアポもとらずいきなり飛び込んでいって、そこの先生に質問した。もう名前も顔も覚えていない。確かかスキーかスケートの滑る理由と、それが定説となっている圧力による融点上昇による説明だけでは無理ではないか、摩擦熱の効果はないかというような話をぶつけたような思い出がある。で、もうその時の会話もよく覚えていないが、大筋において肯定された。その先生が言った「学問の世界にも一種の思い込み、都市伝説がある」という表現と、スキーのすべる理由についてのむつかしい英語の論文をいくつか紹介された記憶があるのだが、そのあとどうしたか記憶にない。誰かにそれを話したような気もする。 先生の話だと、もともと氷の表面にはきわめて薄い水分子の層が存在し、それが滑るきっかけになる?ということらしい。 でその層は零下20度ぐらいになると消えるというのだ。で、実際に道北あたりの極寒の時期にはスケートがまったく滑りにくくなる現象があると、誰かと話した。 うん、やっぱり五本さんだったかなあ。 古い記憶の断片だ。

2014年9月23日火曜日

夏の読書   ・・・褌子

 7月から8月にかけての読書。
 といっても
 『思惟する天文学―宇宙の公案を解く』も『ホーキング、未来を語る』もわたしには難しく理解も道半ば。
  年中読んでいる感のある松本清張の小説は、昭和30~40年代ごろの日本社会が活写されているのが面白い。パソコンも携帯電話もなかった時代だが人間のやること考えること、はまったく同じ。
 さいきん妙に短気になって困っているのだが、反面、長い長い小説を根気よく読みたくなってきた。ショーロホフ『静かなドン』がまだ終わらないというのに、トルストイ『アンナ・カレーニナ』を読み出した。逸徳さんがいうごとく『幸福な家庭はすべて似たものであるが、不幸な家庭というものはみなそれぞれに不幸である』(中村白葉訳・河出書房版)という冒頭の一節が、ボランティアで生活相談を毎日やっているせいか、『アンナ・カレーニナ』のこの一節がいつもいつも胸に浮かぶのだ。
  近くのKさんが、『大菩薩峠』全27冊(ちくま文庫)を貸してくれた。中里介山が戦前、えんえんと書き連ねた全41巻の世界最長といわれる小説でしかも未完。Kさんは5~6年くらい貸してくれるという。
 机龍之介という何ともニヒルな剣士の物語だが、助走として読むといいかもと安岡章太郎『果てもない道中記』(上下・講談社)もKさんは貸してくれた。安岡章太郎は『流離譚』しか読んだことがないが、風貌がとぼけたいい顔をしている。文章もとぼけたユーモアがあって味わいがある。『大菩薩峠』の助走といっても『果てもない道中記』も上下二巻あってけっこう長く話も込み入っている。
 こういう行きつ戻りつ絡み合った文章を読んでいるとき、上梓されたばかりで先日送っていただいたばかりの洒落た表装の句集『緩和時間』をぱらぱらとめくって『二重螺旋ゆるりほどける春時雨』などの句が目に入ると、なにかこう、ほっと救われ様な気になるのがありがたい。猫跨ぎさんに感謝したい。

むつかしい顔・・・猫跨ぎ

  褌子氏は山三昧でしたか。もうこちらはあかんね。ずいぶん距離を感じる。体力の低下は、もう如何ともし難い。懐かしい世界になってしまった。橋本君はいまでも現役かな。
  国兼さんの項に戻るが、中川先生のスキーは何故滑るかの談議あったね。水は凍るとき体積が増えるという物性を示す。これが氷に圧力を加えると、融点上昇をもたらす、つまり融けやすくなる、という話に繋がる。スケートのエッジの刃先に水が出来て潤滑作用という話の方が判りやすくて、スキーは他の要素もあるかと思ったりした。この頃、関連して「水の構造」が話題になっていた―クラスター理論というやつ。Sheragaの論文を二講座の談話会で紹介したり・・・色々思い出すなあ。

 「むつかしい顔して俳句をひねりおり」 はいただくが、いただいて何だけれど、これはその通りであまり飛躍がない。意外性ある展開をしたい。
「むつかしい顔してパンツ穿いてをり」
「むつかしい顔して鼻毛抜いてをり」
「むつかしい顔して魔羅を洗ひをり」なんか、どんどん出てくる。 

立山~乗鞍~信州阿智村      褌子

 しばらくぶりでブログをみようとしたらパスワードを忘れて苦労した。
 九州旅行が近づいてきた。楽しみである。きょうは、お彼岸で涼しくなったものだ。
 9月はじめに富山の立山に登ってきた。むかし、ハっチャンこと橋本不可止君が「♪越中じゃ立山、加賀じゃあ白山、駿河の富士山三国いちよ~♪」とよく歌っていたあの立山である。室堂からたった標高差600㍍なのに這うようにして雄山3003㍍まで登った。50年くらい前に室堂の山小屋に雑魚寝して朝早く難なく雄山にのぼり大汝山から黒四ダムまで駆け下りたのに。
連休晴天だったので頂上直下は行列状態で関西弁の可愛い山ガールといっしょに登った。白山もみえたし、剱岳2999㍍もくっきりとみえた。
 翌日は魚津に泊まって、旨い寿司にブリ大根、烏賊スミでつけた蛍烏賊、酒は『立山』の冷酒。
魚津で埋没林と蜃気楼博物館みて1918年の米騒動の記念碑をみた。さらに片貝川をさかのぼって洞杉をみる。この杉はすごい。埋没林は先年、石見銀山訪問のおりにみた島根の三瓶山の埋没林のほうが迫力があるかもしれない。
  8月には信州の乗鞍岳に行ったが雨。標高2700㍍の畳平までバスで登ったが、雨と強風で白山イチゲの大群落だけをみて大きな山小屋にかけこんだ。ストーブにあたっていたら自転車で登ってきたずぶ濡れの高校生二人と話す。東京の高二男子。松本からここまで自転車できて岐阜に降りるという。
  入笠山ではゴンドラをおりたら四つ葉ひよどりに群がるアサギマダラをはじめてみた。台湾など南方から飛来する美しい蝶。疲れると海面におりて羽をやすめるという。海面にただようアサギマダラを思って一句とおもったが何も浮かばない。乗鞍の帰途、八ヶ岳山麓で一泊し、浅川巧、但教記念館による。朝鮮における農業発展に尽くした巧、青磁白磁など朝鮮の芸術のすばらしさを日本に紹介した但教。だれもいない記念館。受付の女性と「花子とアン』の村岡花子のこと、飯田蛇笏のこと、太宰治の妻石原美知子のことなどをいろいろお聞きして楽しかった。
  7月の末だが、信州阿智村に満蒙開拓団の記念館を訪問して近くの昼神温泉に泊まった。
 信州は満蒙開拓団にいちばん大勢送り出し一番大勢の犠牲者を出した県である。ほんの70年前のことだ。

2014年9月22日月曜日

そんなバナナ!!!国兼

  そんなバカなと思うような、今年のイグ・ノーベル賞である。
バナナの皮は滑るという漫画にもよく出てき、チャップリンの映画にも出てくるようなこんな古典的な現象の物理的解明がなされていなかったとは、驚いたネ。でも、こんなユーモアに満ち、深く考えさせるこのような賞に日本人が連続8回も受賞していることは素晴らしいことだ!!!。STAP細胞のような悲劇なのか喜劇なのか、かのシェエクスピアも匙を投げるような科学的大発見という虚構に比べ、ホットする心温まるニュースである。もう一つ驚いたのは、このバナナの滑る原因が小胞ゲルの圧縮により液体が出ることで、雪上のスキーの滑りに匹敵する摩擦係数という。その昔、高分子学科学生の時に中川先生だったか忘れたが、氷の上(あるいは雪上でのスキー)でスケートに乗ってどうして滑ることができるのかと?それは水という不思議な物質の特性によるという説明だった(バナナと同じである)。この地球ではごくありふれた、生命の生まれた基本的物質である水が、今日の進歩した、精密測定技術が揃っていても、サイエンスの世界で今なおその構造に関して論文が発表されている。
 話代わるが、猫跨さんから第1句集「緩和時間」(このタイトルもその昔の高分子時代の粘弾性の二つのモデル、フォークトモデルとマックスウエルモデルを思い出させる。クリープ現象とか思い出すね)を贈られた。この欄での猫さんの句を見ていただけに、読んで、まず読めなければと、各種漢和辞典と歳時記を持ち出して準備を整えた。が、帯に書かれた自選の3句のうちの「辣韮をカレーは嫌いかもしれず」の「辣韮」とは?で諦めた。竹芳氏の序に変えての中で福神漬と辣韮とあってそうかと。我が家のカレーではカミさんは福神漬だが、私は「ラッキョウ」である。難しい漢字は全て飛ばしながら、やはりホロホロ会で一緒に旅した出雲、山形や遠野等の句は近親感というかあの時見た風景が目に浮かんでくる感じである。特に秀逸と思うのは猫さんが愛猫を詠んだ数編の句である。何となく漱石の吾輩は猫の猫君と主人のような感じである。猫さんの俳句のパロディーを一つ「むつかしい顔して俳句をひねりおり」

2014年9月20日土曜日

26.9 仁句鑑賞・・・猫跨ぎ

ブタクサの花粉のせいか突然くしゃみが連発。それとは別に風邪気味でどうも気分がよろしくない。とはいえ、暑からず寒からずの良い気候になりましたね。
仁句を鑑賞しよう。

1.萩の花十重二十重にと零れけり
自然な写生句である。が、こんな処にもなにか心象を折り込んでいるやも知れずだが、まあいいか。
2.金木犀もう始まった新人戦
もう金木犀?来春の甲子園を目指しての球児の戦いがはじまっている。

3.午後からも三者凡退秋の暮
いつぞやの軟式高校野球の準決勝戦かな。まあやらせる方もやらせる方だが、小尾とかいう教育評論家がこんなとこにも口だしてあれこれ批判している。彼しかいないのかね。
4.空中でディスクくわへて薄紅葉
これフリスピー犬のことだね。それが相応しい季節になったね。

5.閼伽桶の置き忘れられ秋の蝶
閼伽桶(あかおけ)。閼伽について、雑学を一つ。アカはサンスクリットで水のこと。仏教に纏わって伝えられたものだろう。もとはヨーロッパ語に起源がある。化学でaqueous solution(水溶液)。ノルウェーにaqua-vitという焼酎がある。vitは命。「命の水」というわけ。インドヨーロッパ語は同型だからね。脱線してしまった。自然な墓参風景句。

6.コスモスや差し戻された改定案
何の改定案だろう。
7.また別の予定加わり大花野
この辺も、想像の域を出ない。
8.分れ目はタイ・ブレークや秋の空
全米テニスの決勝戦。いやあれはタイブレークには行かなかったか。なら準決勝戦かな。

9.楷書撥ね草書崩れて吾亦紅
書道の一コマ。どうと言うことのない事象だが、俳句の題材にはなる。
10.試運転籾一列に残りけり
精米機の試運転を言っているのだろうか。最近は家庭用もあるらしいが。

2014年9月17日水曜日

函館通信2-6 俳句は楽し

俳句論議がつづき猫跨ぎさんの俳句に対する明快な歴史認識解説が記されました。皆さん如何でしょうか。長年俳句をやって来てはいるものの私自身深くは考えていなかったなとつくづく反省させられます。

しかしこの姿勢が今更変えられそうになく変える意思も持ち合わせて居りません。色々な表現を工夫して読んでくれる方に楽しんで貰えれば作者としては本望ですよ。糞味噌に言われても一向にお構いなし。17文字の中はどうとでも解釈出来るし
作者は作る事で既に半分は楽しんでいるのですから。

そんなこんなで九月度十句、ご鑑賞、ご批評宜しく願います。
 
1.萩の花十重二十重にと零れけり
2.金木犀もう始まった新人戦
3.午後からも三者凡退秋の暮
4.空中でディスクくわへて薄紅葉
5.閼伽桶の置き忘れられ秋の蝶
6.コスモスや差し戻された改定案
7.また別の予定加わり大花野
8.分れ目はタイ・ブレークや秋の空
9.楷書撥ね草書崩れて吾亦紅
10.試運転籾一列に残りけり

2014年9月15日月曜日

俳句の世界    九州の熊

ご尊顔であるのだから排するのはやめてくれ~っ!ぜひ拝顔にしてほしい!あまり自慢できる顔ではないけれど・・。
俳句論が深まっていますねぇ。逸徳さんの素直な思い(悩み)と猫跨ぎさんの高尚な解説・・。
逸徳さんの「追加」の投稿(9.11付)を読んだとき、「きみならさもありなん」と感じた。逸徳さんは昔から(学生のときから)説教調の長話が得意だった。(失礼!) “で、要するに(君のいいたいことは)・・ということなんだよね”とだれかがフォローして会話が一段落する。そのパターンを当てはめれば“五七五では何か言いきれないのである”はそのあとに追加解説することをしないと気が済まない思考パターンが顔をのぞかせている。だから俳句がうまくつくれん、・・和歌の方がぴったりくる、と結んでいる。先週だったか、俳句は主観でなりたっている、という私の疑問(愚問)も、五七五の字数はいかにも短い、が根底にあった。そんな短文で自分(作者)のいいたいことが表現できるのだろうか、と。
猫跨ぎ氏の俳句の生い立ちから説き起こした解説を読んで納得である。連句、発句、平句、短歌、歌仙・・、そして近代俳句。なるほどねぇ。近代俳句の源流をたどれば五七五のなかになんもかも洗いざらい詰め込む必要はない、といあり方がよく理解できる。足りないと思えば読む者が勝手に推量すればいいのだ。

それにしても猫跨ぎ氏は博識だね。恐れ入りました。

2014年9月12日金曜日

俳句の出自・・・猫跨ぎ

  それは俳句の出自を考えねばならない。周知のように、俳句は連句の先頭にある発句から生まれた。そうすると連句の説明をしなければならないが、五七五と七七を繋げて展開してゆく。つまり五七五の内容を受けて七七を付ける。ついでこの七七の内容を受けて五七五を付ける・・・という具合に、交互に付けて、三十六回続けて終わる。これを歌仙を巻くという。直前の句にのみ関連させて付けてゆくから、話がどこへ飛んで行くか誰にも分からない。これは極めてスリリングなゲームといっていい。まあそれはそうとして、ここで大事なのは、この場合でも、五七五七七、または七七五七五がワンセットになっている。つまり基本的には短歌の世界なのだ。
  先頭の発句の話に戻ると、あとに長々と続く平句とは厳密に区別される。連句の巻頭を飾り、重い存在感を示さねばならない。完結していなけれならないわけだ。俳句はその気位を引き継いでいると言ってもいい。つまりね、連句から独立した新しい詩型として自立する契機を有するということ。そこへ貴兄のいうように、七七を付けると、ずるずると後に戻ってしまう。
実は吉本隆明が俳句を論じている。「僕の理解では和歌が、のっぺらぼうになって、パンチの強弱がなくなった。俳句はそれから句切れたものです。」という。さすがだなと思う。和歌がどんずまりになって、一種の破壊作用が働いたというわけだ。その気分は忘れるべきではないと思う。以上は俳句の自立の契機であるが、短歌の世界の存在意義はもちろんある。まあ、どちらをとるかは、自分の胸に聞くしかない。

2014年9月11日木曜日

追加・・・・逸徳

お師匠のレスポンスを読んで思い出した。こういう唄がある。 「生きるという 哀しきことを 我はする 鳥も草木もみんなするなり」 なんとなく覚えている作品だが、作者はよくわからん。もしかしたら、自作かもしれん(笑)

でなんとなく前からおもっていたが、なんでおいらは俳句がうまくつくれんかなということについて、要するに「五七五」では、何か言い切れないのであるということを感じてしまうのだ。そのもうちょっとという心残り、腹の中にあって出たがっているもやもやが「七七」になるのかなあ。(何か便秘の話に似ている。)つまり和歌のほうがぴったりくる。
  「五七五」は、要するに絵だ。画家なんだな。うまい句ほどその絵がはっきりと立ち上がってくる。「無人バス来て引き返す雲の嶺」 これなんか、見事である。思わずスタジオジブリの絵を連想した。しかしそこから何を感じたり思ったりするのは、もう読者の仕事なのだろう。だから自解というのは、あまりやらんほうがいい。
  そこでその読者の思いに、もうすこし作者からのメッセージをつなげたくなり「七七」が乗り出してくるような気がする。 だから俳句づくりは五七五で止めてあとはもう知らん、煮て食うなり焼いて食うなり勝手にしろとケツをまくったようなところがあるのに対して、和歌づくりは「もうちょっと俺につきあえ。おいらの気持ちはこうなんだ」と、お子様ランチみたいなサービスをやっている感じもある。 なので「無の美、引き算の美」などという日本芸術の伝統が俳句につながるのは何となくわかる。
・折鶴を開ければ白紙昼寝覚   これもいい。連想する。なんで白紙なんだ、ほんとは何かそこにメッセージがあったんじゃないか。あるいは何かのメッセージを作者は書いておきたかったのか。 それは昼寝の夢につながらんか。 だいたいなんでおり鶴を開けようとしたんだ・・・・などなど。 そこからまったく別の読み手のものがたりが立ち上がってくる。そしてその物語の広がりの先に、哀しい生がある(ような気がする) うーん、わからんくなった。

2014年9月10日水曜日

人は変わる・・・猫跨ぎ

  幼児の歓声は、つまりこういう事でないか。自分を振り返ると、若いころの耳にはとにかくうるさいというしかない。とにかく閉口する。第一級の騒音でしかない。それが、我が子ができると、これだけはうるさくないんだね(笑)。それ以外は、やはりうるさい。不思議なものだね。
  そして幾星霜、いつごろかな、うるさくなくなるんだね。可愛いという気持が発生する。その感情がだんだん濃くなって、いつのまにか「愛しさ」が芽生える。何ごとかを一生懸命にやっている姿を見ていると、ふと涙ぐんでいる自分を発見する。そして年次も上がり中高校生なんかには、「色々あるだろうが、頑張れよなあ」と声をかけたくなる。そしてそれは、年代を超越し、ついには自らにも及ぶ。生きることは哀しいことよ。仏になってしまったのか。うーむ、そろそろかな。

2014年9月9日火曜日

涼しくなりました・・・・逸徳

俳句議論に九州から参戦。お元気で結構ですな。10月にご尊顔を排するのを楽しみにしております。しかし、それにしても面白い。すこしずつ年取っていくそれぞれのいい感じの精神風景が垣間見えるようで、それでいてあまり悲壮感がない。嬉しいですな。

閑話休題。この10年以上静岡で、サイコドラマという心理療法の研究会に参加しています。この療法、一定の効果があり、専門機関などでも使われているのですが、どういうわけか一般市民にもひらかれた研究会としては、名古屋や神奈川がつぶれて、東京大阪間では、われわれの静岡だけになりました。そんなわけで月1回のワークショップですが、最近は遠方からの参加者も出てきました。サイコドラマというのは集団精神療法のひとつで、グループの中で、何かメンタルヘルスに問題を感じている人が自分から立候補して、その問題が即興劇の形で展開されていき、その体験を通してより健康なレベルに止揚されていくものです。 関心をお持ちの人がいましたら、「静岡サイコドラマ研究会」で検索して、我々のHPをご覧ください。

 で、先日のワークショップで初めて妊娠し、あと1か月で出産予定のお母さんが、サイコドラマをやりました。これがとてもよかった。見ている人も幸せになりました。 そこで感じたこと、その1。生きていく中で出会う「不幸」はそれこそ千差万別で、ひとつとして同じものがない。だからその不幸の当事者がどんなにつらいかということは、横から見ている人には本当はなかなかわからない。いや、実はほとんどわからないことが多い。だから余談だが、「うん、わかるわかる」という言葉は実は無責任で、おいらはこの言葉だけは簡単に口にしてはいけないと思っている。 ところが、どういうわけか、「幸福、あるいは希望」というものは、誰にもわかる。感じる。そして、そういうものは命の輝きみたいなもので、周囲の人をも楽しくさせて、ちからをわけ与えてくれる。 今回の出産予定のお母さんと、まだ生まれてこない赤ちゃん(サイコドラマではこの赤ちゃんの役もちゃんと出てくるのです。)のドラマは、本当に楽しく明るいものを周囲に与えてくれた。なんてったってやっぱり赤ちゃんは希望なのだから。

そこで、その2ですが、ドラマの後の議論でこんなことか話題になった。 近くに幼稚園ができるという話がもちあがったある町で「子供の声がうるさいから」という理由で、幼稚園の建設反対運動が持ち上がった。ところが、この子供の声が、まるでひばりの鳴き声のようだといって、全然うるさいといわず、かえって、その声から力をもらっているという人もいる。命の輝きなのだ。
  これはいったい何だろう。同じ子供の声がうるさいという人と、楽しいという人。どうしてこういう違いが出てくるのだろう。ちなみにおいらはひばり派である。うるさいと思った経験はない。
 
 同じような話。我が家の近くに公園があり、時期になるとすざまじぃせみの鳴き声がする。これがうるさいといって、市役所に文句をいいにいったり(市役所も困ったろうなあ) 殺虫スプレーをもって木にかけようとした人があらわれた。だが、おかしいことに次の日は、まるで馬鹿にしたように、より一層激しいセミの声であった。 そして、一方では、この鳴き声がうるさいとは全然感じないで、セミの短い命に共感し、俳句なんかひねっている人がいる。 この違い何だろう。

思うに人が、周囲の世界とどのように向かい合って、かかわるかということは、まさにその人の過去の総体によって決まるのだろう。面白いなあ。