2014年11月30日日曜日

確かに・・・・・逸徳

いやいや、お師匠のいうとおりだが、若干の修正を。当方の心臓の毛、さらに七三にわけて、人の油で固めておる。全然傷つかないので、ご安心を。おととい実は24時間心電図をとったが、まあ心臓の多重構造は変化ない。ご同慶の至りといってもらいたい。いや実は、お師匠のトートロジーという指摘なぞ全然で、そのままお返ししてもいい。
 ほんとは、お師匠の提起したいことは、そういうことではなかったのではないかな。お師匠のコメントをみて、気になりここ数か月のホロホロカイをざっと読み返してみた。で気が付いたこと。お師匠のコメントに、反応がないと見える場合は、多くの場合政治的問題にかかわることが多いように見えた。で、昔からよくいうではないか。政治だけは議論するなと。深入りすると、にっちもさっちもいかなくなり、互いにひっこみがつかなくなってしまい、傷ついて何も生産的ではないと。だから、政治の話はあんまりしなくなった。これ堕落だろうなあ。しかしなんだかお師匠のことばに抜き身の刃を感じることがあるのは告白する。ゴメン。
 しかし、考えてみると、そういうテーマでも果敢に議論を挑んだのは30代くらいまでかなあ。70過ぎると、そういうことにエネルギーがわかなくなるのだ。

 二点目。言葉について考える。われわれがやり取りする言葉は数学や物理の論文みたいに没個性ではない。「AはBである」というおんなじ命題をのべても、その言葉をだれがいったかで、意味がまったく違うのだ。これは仮に、偶然にもまったくおんなじ文面の俳句を詠んでも、それをお師匠が詠んだのか、褌子氏が詠んだのかで、まったく違う作品になることとおんなじだ。だから、あるコメントを読んでも、その背景にその書き手の全人格やその人生をイメージしてしまうと、さまざまな想念というより、妄想かな、そういうものが背後霊のように立ち上がってきて、そこで何も言えなくなり、立ち往生してしまうのだ。これ年のせいだろうなあ。だからお師匠のコメントにも、それに賛成か反対かという前に、そういう生き方をしてきたお師匠を感じ、うーんと何も言えなくなる。政治問題はとくにそう。しかし、怒りっぽいのは昔と変わらんなあ。これ俳句を詠んでうーんとうなっているのとおんなじ。
 ひとつの例として、本人には悪いが褌子氏の話を使わしてもらおう。 おいらは、基本的に共産党のシンパではあるが、党員などではない。昔むかし「70年代のそう遠くない時期に、民主連合政府を」なんて、共産党がいったころからゆめをもったこともあるが、事態はちっとも進まない。だが、だからといってそこで共産党の政策を批判したりする気もおこらない。
 一方で、褌子氏が、見事にひとつの生き方を貫いていることは、友人として深くリスペクトするし、その立ち位置の一貫していることに、友人として深く誇りに思うが、そういう褌子氏に思想闘争や路線論争をぶつけることはする気がしない。(30くらいまでならやったかも知れない) しかしそれは不誠実だろうか。 おいらはにげているのかなあ。 圧倒的に感じるのは、氏のそのように貫いた生き方の歴史の重さなのであって、うーんとうなって、何もいえなくなる。でもやっぱり、共産党の今の路線には多々疑問も感じているのだ。世の中そんなに単純じゃないぞと、つぶやくのだが、あの褌子氏のノウテンキな顔をみるとだまって応援しようかという気分に陥る。うーん、こんなスペースではやっぱり表面的なことしかいえないなあ。

三点目。そういうわけでお師匠。「不愉快なら、当欄からおさらばを・・・」なんて、いってはいけない。そりゃ、なんだか「実家に帰らしてもらいます」と、夫婦ケンカの末に叫んだ奥さんを思い出し何もいえなくなり、そんなダンビラをふりまわさないでといいたい。 先は短い。楽しくいこう。


 
 
 
 

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