2016年9月30日金曜日

大目にみてやろう 褌子

まあ、こういう議論をしているときが一番楽しく気楽だというひともいるのだからお互い大目にみてやりましょう

もっと気楽に行きたいね・・・九州の熊

なんか難しそうな話題を並べて禅問答みたい  もっと日常的な楽しい話題がいいなあ
わたしのオツムが破壊してしまいそう⁉️

なぜ自分が自分になってしまうのですか? 褌子

生命とは情報の統一体。ソフトにバグが、なるほど。なんとなく納得。バグがどんどん増えて来てエントロピーが極限まで増えて制御不能となって御臨終ということか。そして分子に分解されて又よそ様の生命に取り込まれてお役に立って・・。
さて心理学専攻の逸徳さんに質問。なぜ「自分が自分になるのか」ということ。なぜ自分が佐渡に生まれ、あの親から生まれ気がついたら自分になっていたのかということ。なぜ自分は中国残留孤児にならずに、こうして生きてきて、ここにいるのかということ。両親の精子と卵子が結合して、どうして自分が自分になったのか。逸徳さんのご回答お願いします。これは昔から不思議に思っていたんだが、人間がなぜ親を選べず気がついたら自分が自分になってしまうのか、このカラクリを解明していただきたい。

生体高分子論・・・・逸徳

老化は直近の記憶を劣化させるが、長期記憶はますますはっきりしてくるらしい。で、褌子さんのウイルスの話を聞いて思い出した。ウイルスは生物か否かというのは講義でやったなあ。生体高分子論だ。須貝さんだったかなあ。月面着陸船みたいなタバコモザイクウイルスの写真を覚えているかい。あれは確かに生物という感じはしなかった。
 で、生物とは何かということに関して、つい最近ある医者と話した。話題は、人間の臨終の瞬間はどうして決めるかということがメインだったが、生物学的には死はフェードアウトで、ある瞬間を死と決めるのはむつかしいが、その医者の話によると、何度も臨終に立ち会っての経験だそうだが、何となく、その瞬間はわかるんだというのである。簡単にいえば「ああっ 今死んだな」というのを感じるというのである。どうもそれは、人間がひとつの統一体として存在しているのが、その統一が終わる瞬間なのである。そこにその人の肉体があって、その9割以上は生存しているのに、もう全体としての統一がバラバラになる瞬間なのだろう。なんとなく戦争で負けた瞬間を連想した。司令部は負けたといっているのに、最前線は納得していないのに似ている。
 つまり生命というのは、情報の集合体であり、それが一定のソフトで動いている。このソフトが命の本質ではないか。なので、ぼけるというのは、そのソフトにバグが生まれてきたんだな。

2016年9月29日木曜日

微妙なはなし    褌子

逸徳さんの微妙な老化現象の微妙なはなしに関心をもった。
ラジオの原理だが、こどものころ、鉱石ラジオというのがあったなあ。細胞を顕微鏡でこどもに見せる話だが、仁ちゃんも高校時代、生物クラブだったそうだから大いに関心があるのではないか。
さいきんウイルスは生物ではないという医者の話をきいて、へーそうなんだとおもった。増殖するから生物ではないかといまも内心思っているが。
逸徳さんにはコンピュータウイルスの写真をぜひ顕微鏡で撮影してイグノーベル賞を受賞してもらいたい。
さて老化のはなし。すり足でよろけるようになったのはいっしょ。ストック2本もって川の土手を夕日を浴びながら颯爽と散歩する逸徳翁の勇姿をいつも思い描いて、わたしもたまに朝の散歩をするのだが中止したと聞いて衝撃をうけている。逸徳さんの速歩の勇姿は菊川町の中高年女性の憧憬の的だったのではないか。逸徳さんが特製の高級な靴をはいていることも知っているので。
いま一番困っているのは「とつぜん会話中に言葉が思い出せない現象」「熟知しているひとの名前などが突然度忘れして出てこない」。
あとひとつは捜し物が極端に下手になった。目の前にある携帯電話や目の前にあるハサミなどが目に入ってなくて探すというのは不思議である。
夜9時には眠くなる。昼間テレビをみるとすぐ寝てしまう。電車の乗り過ごしなどはしょっちゅう。

2016年9月28日水曜日

仁句観賞   褌子

1.一抱え入院荷物白露かな
    そうか、もう白露なのか
2.掻き出した泥干乾びて鳥渡る
    台風、大雨被害。テレビで泥土は重たい、重たいと汗をぬぐっていた。
    応援ボランティアに行けないので申し訳ない
3.鱗粉の剥げおちた翅野分あと
    夏を終わりを象徴する一句。
    しみじみとした寂しさがある。
    この句がこんかいちばん身にしみるいい句だと思った。
4.寅さんの振られ初めの九月かな
    さいきん、BSなどで寅さんシリーズをよくやってる。
    まいかい、同じパターンで恋をして同じパターンで振られる。
    これがよい、安心してみていられる。陰湿ないじめ、すぐ暴力もない。
    こういう日本の庶民の生活があったのだ。
5.積み上げし土嚢の紐に秋茜
    北海道ではアキアカネがもう出ているか。
    台風災害のあとに小さなやさしい赤とんぼをみる作者の視線が
6.ひと風で色深めけりななかまど
    函館の最大の思い出はナナカマド。街路樹にナナカマドを植えた先人に敬意。
    いつだったか、函館でhorohoro会で集まった。はじめて函館山の夜景をみた。
    たしか仁ちゃんと摩周丸のまえでラジオ体操。五稜郭タワーの上から下北半島を指呼にみたときのあの驚き。土方歳三だったかの銅像があったな。山内さんと明治期の建物をみて若い女性の写真をとってやった。鹿鳴館式のドレスに身をつつんだ女性との握手。ひとりは旭川、ひとりは室蘭からきましたと言っていた。そして翌朝、仁ちゃんの奥さんが駅まで送りにきてくれた。あれはきっと札幌の定山渓にあつまり五本さんの墓参りにいった、あの旅行の前夜祭であったか・・・。あのときの朝みたナナカマドの紅葉が忘れられない。
7.秋の蝉何処へ揺蕩ふ命かな
    わびしい
8.垂直に空に吸われて秋の蝶
    不思議な光景
9.祭日の二輌編成秋惜しむ
    わたしの市原にも小湊鐵道があって、ふだんは一輛だけ。祭日に二輛になる
10.デデッポッポ耳底までに秋夕焼
    巨人伝説だね

2016年9月27日火曜日

函館通信2‐64・・・暑いね・・・仁兵衛

逸徳さん、齢だという言葉は使わなくても充分我々は齢ですよ。
この一月体調が優れぬまま来てしまった。足の大腿部、脹脛の裏側の筋肉が張ったままで歩くのに往生している。くそ!このままではいかんとリハビリに精を出しているが思う様にはいかん。
それにしても暑い。今、道新の夕刊が来た。開いて見たら札幌は27度まで上がり桜が狂い咲きしている写真が目に入る。昨日はハワイ島で風が吹かない日が増えて湿度が高くなり、デング熱が増加のニュースを聞いている最中震度4の地震で建物が良く揺れた。しかしもう麻痺してしまったのか揺れても暑くても無感覚である。

俳句を出すのも忘れかけていた。参加していた句会が消滅し作る意欲も体調同様全くの不調である。

1.一抱え入院荷物白露かな
2.掻き出した泥干乾びて鳥渡る
3.鱗粉の剥げおちた翅野分あと
4.寅さんの振られ初めの九月かな
5.積み上げし土嚢の紐に秋茜
6.ひと風で色深めけりななかまど
7.秋の蝉何処へ揺蕩ふ命かな
8.垂直に空に吸われて秋の蝶
9.祭日の二輌編成秋惜しむ
10.デデッポッポ耳底までに秋夕焼

2016年9月26日月曜日

年だ・・・・逸徳

最近どうも調子が出ない。微妙なところで老化を感じる。たとえば、二階の階段をあがりきったときの下半身のかすかな疲労感。 テレビの音量をすこしあげないと、語尾がよく聞こえなくなったこと。文章を書く力の低下。なかなか構想がまとまらない。胃腸の不調。便秘がくせになってきた。
まあ、至極当然の老化現象か。 散歩もやらなくなった。足の力が弱っているので、十分足をあげず、すり足が増えたのか、靴のへりが早く、数日前に靴を変えた。2年持たなくなった。足裏は大事なので、靴だけはいいものを履くことにしているのだが。

そういうわけで、褌子さんのように、さまざまな社会現象に関心を持つことができない。というよりそういう感度が低下している。ひとの関心は宇宙全体から世界、そして自分の国、故郷、住んでいる町とだんだん範囲が狭くなっていき、最後に自分の棺の中まで縮小するのが定めだろう。褌子さんには申し訳ないが、この人の世にはなんでもあるという気がするのだ。どんな悲劇を聞いても昔のようにあまりこころが動かない。「見るべきほどのものは見つ」というところか。そこで田辺さんの話だが、どうもいけない。わずかの違いで、実はおいらが田辺さんだった可能性があるからだ。おいらの上の兄弟みんな満州生まれ。まあ家族史を話してもしょうがないので、タッチの差でおいらだけ日本で生まれたわけ。 ことほどさように一皮むくとどこの家族にも、風呂敷に包んて、タンスの奥にしまっておき、できるだけ忘れたいような話が眠っているのだろう。

だから、最近はちと、別の世界にエネルギーを注いでいる。 ひとつは生きている細胞の分裂を子供たちに見せられないかということで、いい顕微鏡を買いたいということ。もうひとつは、AMラジオの原理を小学生に説明するにはどうしたらいいかということ。大体の構想はできたのだが、同調回路がうまく説明できない。なんで特定の周波数だけ受信できるのか。だれか馬にもわかるようなスマートな説明を考えてくれ。

閑話休題  今年の台風 ひどかったなあ  北海道に三つということで仁ちゃんのことを心配していたら、この欄に元気と投稿があり、やれやれと思ったら延岡だ。熊さんを心配したらすぐ、これまた無事のニュースが当欄に。 ほんとにべんりだなあ。 この調子で無事を確かめあっていこう。

2016年9月24日土曜日

田辺茂雄さん    褌子

 15年にわたる日本の中国への侵略戦争の発火点になった、いわゆる満州事変は日本軍によって1931年9月18日に起こされた。
 この毎年9月18日ごろに、「ちば中国帰国者支援交流の会」が中国残留孤児の体験をきく会を千葉市内で開催している。ことしは5回目で9月17日に田辺茂雄さんが、通訳を介して証言した。以下は田辺茂雄さんの諒承をえての投稿である。
 田辺さんは今、72~73才くらいらしい。自分の名前も両親も、生年月日もわからない中国残留日本人孤児である。
 両親は満蒙開拓団として国策で「満州」に送り込まれ、黒竜江省牡丹江の近くで生まれたようだ。1945年8月9日のソ連の「満州」侵入による逃避行の最中に母が撃たれて死亡し、父の生死も不明。中国人の養父に助けられたが5回も養父母が変わるたびに名前も変わった。最後の名前が崔文傑。豚1頭と交換されたこともあるという。自分が日本人だということは物心つくと教えてもらった。学校もあまり行かせてもらえず、日本人だといじめられるので、乞食として、やさしい中国人に食べ物をめぐんでもらいながら飢えのなか放浪したこともある
 1972年に日中国交回復、81年から中国残留孤児の祖国への帰国が本格化した。
 85年に祖国日本へ身元保証人さがしで帰り調査をうける。福島県の農家田辺水三郎さんが自分の親戚の子供ではないかと名乗りをあげてくれたが血縁関係を確認できなかった。しかし養子として田辺茂雄と名付けてもらい、福島で働いた。平成のはじめに千葉に来て、日本語も不自由なのに家族のために無我夢中で働いた。今は子ども4人、孫13人で幸せに千葉市内の県営住宅に暮らしている。
 ・・・わたしも何度もお会いしたが田辺さんは日本語がほとんど話せないし、こちらは中国語が話せない。それでも天性の人柄のすばらしさがびんびんと伝わってくる。どんな苦難にあっても運命をそのままひきうけて生き抜いた。中国でも日本でもどんな重労働でも愚痴一つこぼさず必死に働くので周りのひとに信用された。働きすぎたのか今はすこし足腰が痛いがいつも笑顔を絶やさず「ありがとう」と「だいじょうぶ」がいちばん得意な日本語らしい。(写真はわたしとのツーショット)
        ■■ 満蒙開拓団の略史 ■■
1931 9月18日 日本軍柳条湖事件起こし「満州事変」はじまる
1932 「満州国」建国宣言   1933 日本、国際連盟脱退
1933 満州開拓武装移民団の最初の送出
1936 関東軍二千万町歩を中国人から強制買収
   100万戸500万人の移民計画実行へ
1937 7月7日蘆溝橋事件で中国全面侵略戦争はじまる
1941 真珠湾攻撃。満蒙開拓青少年義勇隊約10万人送出はじまる
1945 7月26日ポツダム宣言  8月6日、9日原爆投下
   8月9日ソ連軍「満州」侵入、開拓民の死の逃避行はじまる
   8月15日 日本無条件降伏 「満州国」13年で滅亡
  敗戦時の開拓団員27万人ふくむ中国東北部の邦人総数155万人
  犠牲者は圧倒的に開拓団員に集中している
1949 10月1日 中華人民共和国成立
1972 9月29日 日中国交回復
1981 この年より中国残留日本人孤児の祖国日本への帰国が本格化

2016年9月21日水曜日

シン・ゴジラ   褌子

おととい、私もシン・ゴジラをみたばかり。じつは錦糸町のTOHOシネマズに「君の名は。」をみに行ったのだが、映画館も時間もまちがえて「シン・ゴジラ」をみてしまった。面白かった。日本国民の生命をまもるために総理大臣も官僚も自衛隊もじつにまじめに必死で放射性廃棄物を食って巨大化したゴジラとたたかうのである。日本と関係のない遠い南スーダンに自衛隊を派遣しようというアベ首相とは大違いだと思った。

『陸行水行』   褌子

 諸葛孔明を三顧の礼でむかえた蜀の劉備が関羽、張飛らとともに、魏、呉と知謀のかぎりをつくしてたたかう三国志はあまりに有名。ここにでてくる魏の曹操は権謀好きな悪役として描かれていて、判官びいきの日本人には人気がないが、これはあくまで明代に書かれた「三国志演義」という歴史講談なのである。
 この曹操がたてた魏の国は華北の地を占め、朝鮮半島に近く、半島の中心部、帯方郡に太守を派遣、治めていた。対馬海峡のかなた古代日本、倭との交流は帯方郡を通じて行われた。
 『魏志倭人伝』は、魏の史書「魏志」の東夷伝倭人の条に収められている。この倭人伝には2世紀後半から3世紀前半頃の倭にあった最も強大な国、女王卑弥呼が支配した邪馬台国の位置、政治、風俗などの見聞報告が短い文章にまとめられていて、古代日本に関する最古の書。
 この邪馬台国が九州にあったのか近畿地方にあったのか古代史の最大の謎になっている。
 ・・・こんな周知のことを書いたのも松本清張『陸行水行』を再読して伊都国があったとされる北九州の糸島半島の邪馬台国博物館を訪ねた日のことがよみがえってきたからである。清張はすでに『万葉翡翠』『たづたづし』などで古代の和歌を題材にした推理短篇を書いていたが、古代史そのものをテーマにしたのは昭和六三年発表の『陸行水行』がはじめて。
 この作品で古代史ブームをまきおこした清張は『古代史疑』に着手して日本の古代史学会に挑戦状をたたきつける。清張古代史推理小説の集大成ともいえる長編『火の路』へとたどり着くには『陸行水行』から一〇年がたっていた。

シン・ゴジラとキュウ・ゴジラ・・・国兼

  北海道といい宮崎といい、台風のもたらす農作物や家屋への被害、これが我が家だったらと思うと・・・。100年治水をというお隣の国の言葉を思い出す。

  シン・ゴジラを観に久し振りに映画館へ足を運んだ。昭和29年、戦後から少し復興し始めたころの日本が作り世界的ヒット作品となった「(キュウ・)ゴジラ」を思い出しながら観た。何といってもこの両者の見どころは特撮技術である。
キュウ・ゴジラではかの円谷英二による手作りの数十分の一のミニチュア模型と人による縫いぐるみのゴジラを用いたものであるが、シン・ゴジラは徹頭徹尾すべてCGを駆使した特撮技術である。当たり前ながら、CGを駆使した技術では監督の意のまま思いのままに映像を作成できるはずであるが、映像の示す迫力において円谷英二の特撮はそれに何ら見劣りしないと思った。
  また、キュウ・ゴジラでは生物学者、志村喬が演じる訥々とした語りの中での重厚さが作品を引き締めていたが、シン・ゴジラでは総理大臣を始めとしてドタバタした落ち着きのない印象で、この国は大丈夫かと???
今回シン・ゴジラを見て感心したのは、何故にこの生物が戦車砲にもミサイルでも死なず、国会議事堂や橋を倒ほどのエネルギーをどのようにして、またどうして口から火炎砲を噴くことができるのかという私の以前の素朴な疑問を解明してくれた点である。
「返信」
  褌子さん宅から我が家に移植された種々の野の草は、この地に適したのかどうかシランが、繁殖過ぎるくらい全て成長し、我が家の在来種が絶滅の危機に瀕している。特に、木賊は手に負えない悪で、鬼平ではないが御用として鉢の中に閉じ込めた次第。白雪芥子も名前は初々しいが曲者だネ。ともあれ、今はシュウメイギクが白い花を咲かせている。

台風見舞い ありがとう・・・九州の熊

仁ちゃん 台風見舞いの投稿ありがとうございます わざわざ地図で調べて確認してくれたんですね   おっしゃる通り 出水のあった北川及びその周辺は 市の北の端  わたしの住む南一ヶ岡 は市の南部  距離にして 15キロくらい離れた位置関係 出水や土砂災害等はありませんでした  ご安心ください
現役のころ 北川からあまり離れていないところに工場があって わたしの仕事場はその工場敷地内にありました 今回の出水と同じような騒ぎがあり わたしは 工場内に入ってきた水のために 数人の同僚とともに 工場建屋内に閉じ込められてしまうという 今考えると 恐ろしい体験をしました  あの濁流にのまれていたらどうなっただろうかと 恐ろしくなります 最終的には1〜2時間後に水位が下がり 無事脱出できました
この頃から 悪運強き鈴木 が始まったような気がします


2016年9月20日火曜日

函館通信2‐63・・・台風お見舞い・・・仁兵衛

九州の熊さん、延岡の台風被害お見舞い申し上げます。
しかし以前にもお見舞いを書いた記憶がありますね。早速地図を調べ南一ケ岡は氾濫した北川とは逆の方向にあるのでまず安心と思いますが如何でしょうか。

今年は台風が多いい様に思えますがまだ16号ではさほど多くはないそうですね。但し上陸して雨風による直接的な被害は函館の身近な公園などでは本当に痛々しく感じられます。

上空の気圧配置が従来とだいぶ異なっているとか色々な情報が有りますが地震予知の難しさ同様気象状態の変化も気の抜けぬ生活の一要素になりますね。皆様防災準備を怠りなく。

失礼しました・・・九州の熊

渾子さん  あらぬうたがいをかぶせてしまい気分悪くされたのでは? ほんとうにごめんなさい
思うに このような 解ってもらえないことがらを ちゃんとわかりやすく補足説明することの なんと難しいことよ

渾子さん ちなみに  一句目の解説文はわかりますか  クラブの構成と 各番手のクラブの飛距離の関係がわかれば 川柳の心が読み解ける とわたしは考えたのですが・・

今回投稿作は 一句目がわたし的には りょうさくと思っているのですが・・・

ゴーヤづくしだね    褌子

ゴーヤのカーテンいいですね。うちは朝顔を植えたが雑草に埋もれてしまった。白いゴーヤというのはきいたことがない。白い彼岸花や白いシランならわがやの庭にたくさんある。
うちの庭は、つくって20年くらいになるが、いろんなものを植えすぎた。ほとんど、他人の庭からもらってきたものだが大きく育って勢力をひろげて、雑草との競演。さらに蜘蛛の巣まで。近所のおじさんがみるにみかねて木の枝を切ってくれ、軽トラに満載で市のゴミ焼却場に捨てた。
いちど、ぼけ防止に庭のすべての植物の名前を本欄にかきだしてみたいと思っている。
国兼宅には、シュウメイ菊、折り鶴ラン、白雪芥子などがわが家からお嫁入りしているが、元気に育っているかシラン。国兼宅の千両はわがやのクロガネモチの巨木の根っこにつつましく赤いはなを咲かしているよ。

九州は台風で大変ですね ・・褌子

熊さんへ
投稿拒否などしていませんよ。熊さんの川柳の解説もちゃんと読んでいます。ただ、わたしはゴルフはまったくやったことがないので、ゴルフに関する説明がわざわざ必要な川柳はわたしからみると、川柳としてのおもしろみがないということです。やはり誰が読んでも説明抜きでズバリわかる次のようなものがよいのではないかという意味です。これはわたしの私見ですので熊さんは熊さんらしくまったく気にせずにどんどんつくればよろしい。あとはひとをして言うに任せよ。

会心打 一流ぶって不満顔
ミス連発  痛くもないのに腰さする

はゴルフの知識もないひとでもよくわかる秀句だと私は思う。

国兼さんも書いているが私もゴルフ会員権で大損した人の相談にのったことがあります。もうずいぶん昔の話だが、そのひとは千葉県のある銀行から住宅ローンも借りていたので断りきれず、もうかるからと無理やりすすめられて2000万円融資をうけてゴルフ会員権を購入したが、そのゴルフ場がすぐ倒産。わたしも一緒にその銀行と交渉して金利をタダにさせ毎月の返済額を返済可能な額に下げさせたことがある。ほかにもゴルフ会員権の相談をふたり受けたが、さいきんはまったくなくなった。

2016年9月19日月曜日

白いゴーヤの物語・・・国兼

投稿拒否とは?What?  ともあれゴルフ川柳ネ・・・。
  思えば、私も50代に他人との付き合い関係もあってゴルフを始めた。やるからにはと一流の道具を揃え、よせばよいのに箱根のゴルフ場会員権まで買ってしまった。プロのレッスンや早朝練習に励んだこともあったが、道具は一流でも腕は恥ずかしながら三流どまりだった。
  思い出すのは、私の後ろに立ってアドレスが、グリップが、腰の回転がと・・・、こいつのケツをクラブでひっぱたたいたら気持ちが良いだろなと・・・思いつつ、あちらこちらと走り回った。定年後に会員権は大損して売り払い、道具は2足3文で買いたたかれ、カミさんには今も冷やかされ、今となっては我が50代のほろ苦い思い出の一つである。熊さんの川柳の中には、大いに共感するところがある。

話代わって表題の件、
  以前にも書いたかもしれないが、10年以上前から自宅の庭畑にグリーン・カーテンとしてゴーヤを植えはじめた。一本の苗が成長し、カーテンを伝って二階のベランダまで届くようになる八月から九月にかけてゴーヤが採れ始める。毎日のようにゴーヤチャンプルや味噌煮、酢の物、天ぷらにして食べてもも追いつかない。最後にはまとめてちりめんと削り節を入れて佃煮にし、保存食としている。
  今年も例年通り店で苗を買って植えたが、いつもの見慣れた緑のゴーヤではなく白いゴーヤが採れ始めた。初めてみるものでスパーや八百屋でも見たことがない。調べてみるとゴーヤの苦みは表面の緑の部分で、その緑の部分を品種改良して白くすることで苦みを抑えたものであるとのこと。確かに苦みが少ない。近所の人にもこのゴーヤをプレゼントしたが皆「ほんとにゴーヤなの?」と。台湾では以前から知られており、漬物にしても食べるらしい。ウリ科だから苦みが薄くなれば漬物にして食べるのもありかと。
 ゴーヤは栄養価の点でも優れものと云われている。特にビタミン類が豊富らしい。カミさんが云うには、ゴーヤを食べ始めてから冬場に風邪をひかなくなったと。今年もこの白いゴーヤを大いに食べている。先日もゴーヤの料理法をテレビで見ていたが、塩辛との炒め物とか味噌仕立ては私の好みではない。やはり、ゴーヤは豆腐と豚肉とやや胡椒を効かしたゴーヤチャンプルがベストである。

投稿拒否?・・・九州の熊

褌子氏のタイムラインにはわたしの投稿記事は掲載されないように設定されているのですか  どうも話がちぐはぐに感じるときがあります  直前に 川柳の解説 という投稿をしたんですが  それなのに なぜ  解説がないので評価不能 とは?

ぶしつけな質問 すみません  でもわたしの見立てがその通りだとしたら この投稿も無視されることになる・・?

もともと このブログは 仲間内で ある発言をきっかけにして ああだこうだと 楽しいコミュニケーションを図ろうと始めたものだったと記憶している  そこから より親密な仲間意識が醸成されると・・?  ときには論争になっても それはそれで楽しいではないか
投稿拒否となると 投稿記事のさきにはなんの波風もおきない 不毛の荒野だ

以前 猫じいの発言で  投稿へのレスポンスがおそい  みんな黙りこくったまま これをなんとかしなければならない  と

猫またぎさん  是非 再登場してください



熊さん川柳が快腸でなく快調である   褌子

快心打  一流ぶって  不満顔   が前回は断然ぶっちぎりの秀逸賞であった。

こんかいも、またまた九州から大ヒットをとばし、はるか千葉県にまで飛んできたのは

 ミス連発  痛くもないのに  腰さする

である。 川柳に不可欠の諧謔、ユーモアがある。なんとなく読者にも身に覚えがある自虐感がまことによい。わたしも人の前でしゃべっていてとちったり度忘れしたりするとわざと風邪引いてるふりして、コホンと空咳などするがあの感じが非常によくでていて誠に素晴らしい。掲句は2016年日本川柳大賞にノミネートされるかもしれないというウワサがありそうで今のところないらしいという最近のはっきりしない不順な天気である。
次席は
    助け舟 おれの腕には 効き目なし
つぎは
        食事付き  ダイエット無視して 爆食いに

あとの四句は、ゴルフやらない読者には説明が必要なので、歴史に残る名句とはいかない。
説明抜きで誰でもわかる、だれでも思い当たる節があってクスリと内心わらうのが名川柳なのである。
一ヶ月に50句ぜひ挑戦してもらいたい。
わたしは石原元知事を批判して次の投稿をフェイスブックにしたが不発であった。

《今朝の一句》
よくもまあ四期もやらせたこのひとに
豊洲で醜い責任逃れ。新銀行東京で税金1600億ドブに捨て、東京に冷酷な管理教育持ちこみ、尖閣で野田政権そそのかし国を誤らせた。東日本大震災の被災者に「天罰」、重度心身障害者を「人格あるのかね」と言ったことは忘れない。
「三国人」「ババア」発言などこれほど日本語を尊大に汚くつかう「文学者」はいないのではと思っていましたが、おっと曽野綾子さんもいましたね。

2016年9月16日金曜日

川柳の解説・・・九州の熊

今回の作品は 少しゴルフの経験がいる そんな内容なので・・

やつ5番   おれは7番   勝ったぞう

    ゴルフクラブは ふつう木製(ウッド)クラブ 1,3,5番  と 金属製クラブ 3,4,5,6,7,8,9番 それ  
に ピッチング  アプローチ  サンドなどがあります  番号付きは 数字が少ないほど遠くへ飛ばすことができます
そこで今回の作品ですが 最初の打ち出しホールで手にしたクラブ あいつは5番 自分は7番 ふつうに打てば 7番のクラブで5番に対抗できる 飛距離的には 相手より飛ばせると認識できる そこで勝ったぞう!  となる

グリーン際    あらまあらまで    3往復

    あまり 難しい解説は不要と思います  グリーンのすぐ近く(カップ近く)まで来てるのに あらまあ の嘆きで 気付いたら 3往復していた  という自虐的情景です

カウンター   目盛り足りない    大叩き

     最近のアマチュアゴルファーは 打数を数えるための小道具として カウンターを 持っている 目盛りは 通常通り打った時の3倍数くらいまで 目盛りが付いている  最大 15くらいかな?  このプレーヤーは18とか20打くらい  打ってしまって途方に暮れている という情景です さすがにわたしはここまでの大叩きは経験がない

ミス連発     痛くもないのに    腰さする

    自分のミスを腰のせいにする  よく見かける状況です

助け舟     オレの腕には     効き目なし

    助け舟を出す人は大抵 教え魔かお節介屋  おれはビギナーで下手くそ  おれになにか助言をしても受け容れる 能力は備わっていません  少しお黙りください とさりげなく反発して抵抗している情景です

食事付き    ダイエット無視して     爆食いに

   ゴルフ場で 昼食付きというのは 要注意  食べ放題というケースが多い それでここぞとばかり爆食いになることが多い  貧乏人根性丸出しですね

ティーショット     まず探します      アドバンス

    アドバンスというのは アドバンスティーといって  OBを打ったプレーヤーのために用意された 正常位置より前方に設置された 特設ティーのこと  この人は いかにも自信が無く 打つ前から どうせOBだよと 思いながらプレーしているんです  ゴルフは ミスのスポーツ  強い気持ちが必要と改めて考えさせられます



久しぶりに川柳でも・・・九州の熊

その後 体調は一進一退 まだ万全ではありません  今使っている強い抗がん剤の副作用が その効能に比例して さらに強い副作用をもたらす・・ここは忍の一字です

久しぶりに(調子に乗って)ゴルフ川柳を

       やつ5番        おれは7番         勝ったぞう

      グリーン際        あらまあらまで         3往復

       カウンター        目盛り足りない         大叩き

       ミス連発         痛くもないのに         腰さする

        助け舟          おれの腕には           効き目なし

        食事付き         ダイエット無視して        爆食いに

        ティーショット       まず探します           アドバンス

最近思考回路のめぐりが衰えて 少ないボキャブラリーが ますます貧弱になってきた
句作もスムーズに進まない  8月中に40作と目論んだけど いま38作品で足踏み中  まあ焦らずボチボチ行きます


2016年9月14日水曜日

いったいどういうことだ・・・・逸徳

最近の富山市議会の腐敗がひどすぎる。 政務活動費を不正使用した、自民党市議は取材カメラの前で「飲んじまった。酒が好きだもんで」と平然とのたまわった。こういうのと、どうしたら平和的コミュニケーションが取れるのか。知性や良心のかけらもない。

こういう、わけのわからん政治家の腐敗が進んでいる。しかもこれ、9割は自民党である。なんでだ。いや自民党が悪いのではなく、権力をにぎる与党になるとみんなこうなるのかなあ。で、つくづく思うのだが、最近の保守政治家の劣化がひどい。その例を上げたら、枚挙にいとまがない。ほんとにひどい。政治家が下品になった。どうしてこんなに保守がひどくなったのかなあ。だれか解説してくれえ。

問うことのむつかしさ・・・・逸徳

れんぽうさんの件にかかわって。

最近、地域づくりの運動にかかわって、住民の考えを聞く大規模なアンケート調査の企画を進めている。 人口10000人くらいの地域なのだが、統計的に意味のある調査を行おうとすると簡単ではない。結局調査の郵送費だけで15万くらいかかってしまう。もともと、住民の団体なのでそんなに金はない。その中でこういう問題にぶつかった。
どういう形の設問をするかによって、結果が左右されてしまうという問題である。何が問題なのかというこちらの仮説があって、それが正しいかどうかの設問がつくられる。したがって、こちら側の問題意識にのってこない問題はそもそも設問にあらわれてくることがない。またはすくない。そして設問にふくまれていない問題は、そもそも結果に出てこないから、そういう問題は存在しないということになりがちになる。
つまり、どんな眼鏡をかけるかによって対象のありようは違って見えてしまうのである。これを社会調査の専門家は「ひとは、自らの発する問いにみちびかれて、事物のありようをさぐる」という表現をする(そうである) つまり自分を離れて本当に中立公正な、純水のような純朴な設問というのはなかなかあり得ないのであろう。

れんぽうさんの国籍を問題にする人は、そのようなことが大きい問題であろうし、そういう問題を通して世の中を見てしまおうとする。ここから国粋主義とか、差別意識やヘイトスピーチの問題に結び付けて考えてしまうのは、ちと行きすぎかもしれない。だがしかしである。やはりそこで、我々はそういう見方をする人に問わなくてはならないだろう。「いったいなんでそんなことが問題なの?」と。

『医師中村哲とアフガニスタン』に感動   褌子  

《再放送されるそうです! 16日(金)の深夜12時からEテレで》
『武器でなく命の水を医師中村哲とアフガニスタン』を10日夜Eテレでみて感動。
信念と行動に頭が下がりました。
日本の生きる道はこれだと確信しました。中村先生のような日本人と同じ空気をまいにち吸って同じ時代を生きていることがうれしくなりました。

2016年9月13日火曜日

穏やかに共存しよう・・・九州の熊

れんぽうさんを攻撃している という発想はどこから来てるんですかねえ 素朴な疑問を提示してるのであって 個人攻撃をしようという意図はわたしは感じません  日常的にやぶにらみで攻撃的だと構える姿勢はやめにしませんか  穏やかに建設的なコミュニケーションを積み上げ 平和共存をめざしたいです

純粋の日本人とは   ・・・ 褌子

純粋の日本人ではない、と民進党の代表選挙に出ている蓮舫さんを攻撃しているひとがいる。
「純粋の日本人」って何だろう?
大陸から半島から北から南から様々なモンゴロイドが日本列島にやってきて混血を何万年もくり返して「いわゆる日本人」が次第に形成されてきたのではなかったか。国境とか国籍とか変なものがまったくない長い長い時代を人びとは風や海流を利用して行ったり来たりしていたのだ。
最近?だって、百済滅亡でどっと渡来してきたし、平成天皇も「桓武天皇の生母が百済武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と2001年に語っている。
今だって世界中から人びとがやってきて、「いわゆる日本人」と結婚し、「いわゆる日本人」が世界中に出かけて行って恋をして国際結婚している。
蒸留水みたいな純粋の日本人なんてひとりもいない。

むかし高橋トンボという球団があった   褌子

覚えているヒトがいるかもしれんが

函館通信2‐62・・・パリーグも忘れるな・・・仁兵衛

 セリーグは元々国鉄スワローズのファンなので巨人以外が優勝すればそれでよし。北海道に住んでから自ずと日本ハム・ファイターズファンになった。今年はソフトバンクに大きく離されていたのをやっと追いつき・抜き去りデッドヒートを繰り広げている。
 更に大谷翔平という表現出来ぬ怪物が見れるのは実に楽しい。投球の速さと同時にインコースの球を身体を折りたたむようにしてバットの芯に当てレフトスタンドに運べる選手は今迄見た事が無い。
 是非パリーグ優勝して広島と日本選手権を競う所を見たいと思っている。

鯉優勝おめでとう   ・・褌子

カープ優勝おめでとうございます。わたしの佐渡高校時代のともだちがスポーツカーで日本中、夫婦でカープのおっかけをやっている。幕張メッセの千葉球場までやってきたが、とにかく巨人がきらい、カープが大好きだといっていた。高校の校長先生だったときには頭に丸いハゲがで
きるくらい苦労し
たが退職した今はカープを応援するのが楽しくてしょうがないといっていた。
戦前、原爆投下の前、広島城はお堀を大きな鯉が悠々と泳いで。鯉城といわれていた。それが広島カープとなったいわれだそうだ。

2016年9月12日月曜日

カープ優勝!・・・九州の熊

いやいやご同慶のいたりです  アンチ巨人のわたしとしては 敵地に乗り込んで 巨人を打ち破っての栄冠  痛快極まりなしなり  ひたむきな泥臭い野球の積み上げと 国兼さんの いう 自腹で育て上げた 一流半の選手の成長 結束 そして 黒田 新井 両ベテランのリーダーシップ どれを取っても 今年の優勝の大切な要素であった  まあ勝つ時はそんなもんだけど・・
この財産を来年以降につなげ 1年限りのフロック優勝と言われないようにしてほしい
金満球団に勝たせたらいかん!

2016年9月11日日曜日

祝カープ優勝・・・国兼

  本当に久しぶりというか何というか昨日、NHKでカープとジャイアンツの試合を1回から9回まで観てしまった。黒田が投げ鈴木が打って4半世紀ぶりの優勝にお酒も実に美味しく飲んでしまった。何故にカープ・ファンかと、昔会社の同僚から良く聞かれたが、これを説明するには昭和29年の小学校6年より前のことを話す必要があるのでここでは割愛。
  ともかく、イチローが、ゴジラがメジャーに行き、カープも超低空飛行で日本のプロ野球に興味を失い、メジャーの試合を時々見たりしていた。でも、高校野球には実に熱心で、神奈川予選は近くの平塚球場や横浜スタジアムにまで暑いさなか観戦に行く。野球への関心は決して失っていない。

  カープは昔も今も貧しい球団で、今日の格差社会の中では最も悲しい球団であろう。せっかく無名の選手を育てて球界でもトップクラスの選手に育てたと思ったら、金持ちの球団に引っ張られてカープは弱体する。そしてまた、一から育てていく。又、引っ張られていくという繰り返しである。カープファンの凄いところは、昨年阪神からもうお役御免と首になって出戻りしてきた新井選手を「どの面下げて戻ってきたの会」と言うしゃれた名前の会で歓迎するところである。その新井が今年は4番バッターで大活躍である。カープは若手を育て、古き人をも活性化する。その意味でもカープはユニークな球団といえよう。
  今でも思い出すのは、カープが初めて日本一になった30年以上昔の、今も語り続けられているバファローズとの最終戦の第7戦である。衣笠や山本浩二が元気で、そしてあの江夏の21球である。正にハラハラ・ドキドキの試合で、江夏が出てきた9回表の満塁の時には外に出て行った記憶がある。
  今年はこのまま順調に、32年ぶりの日本一をと、美味しいお酒が飲めるようにと期待している。

2016年9月7日水曜日

昭和29年だった小学6年生だった思春期だった  褌子

昭和29年の洞爺丸事件は北海道のひとにとっては大変な衝撃だったんだね。トラウマになるほど。
私はちょうど思春期になるころで、なぜか大変よく覚えています。

2016年9月6日火曜日

トラウマ・・・国兼

  今回の北海道に被害を与えた台風10号の件から、千人を越える犠牲者が出た洞爺丸台風の話題が出てきた。知っているかと?私にとっては忘れもしない昭和29年の小学校6年時の9月の深夜の出来事である。
  その日は何か、風の音が通常とは異なる響きであった記憶があるが(瞬間風速が40mを越えてたらしい)、やがて寝てしまい夜中に親父に起こされた。異常な風の強さであると、この場所は万が一の場合に土壁が落ちてきそうだと、危ないからと風呂場近くに避難した。
 事実、それからしばらくして屋根が飛ばされ、私が寝ていた布団の上には大量の土壁が落下していた。そのまま寝ていたら間違いなく死者の数に入っていたことだろう。近所の家では屋根が飛びそうだということで屋根に上ってロープで押さえつけようとして、そのまま100mほど屋根と共に飛ばされて2人亡くなってしまった。台風の道に入ってしまったらしい。
それ以来しばらくは風の強い夜は気になって悶々として眠れない日が長く続いた。今でも風の強い日は、昔ほどではないが寝つきが悪い。

  森井家の本家は南富良野町ですか!!!うちのカミさんの実家が本別で私の長男坊も音更町にすんでいるが、芋や豆類が大被害で送れないかもと、トウモロコシは運よくその前だったので美味しく食べた次第(こちらで作られたトウモロコシと一味違う)。

なにか、じーんと涙が・・・・ 褌子

= 私は、運よく生きてきただけだった。
  それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ =
相模原の「やまゆり園」の事件のあとで、自閉症の子を持つ神戸金史さんはいっきに詩を書きました。詩は英語、中国語にも訳されて反響をよんでいるそうです。メディアゴンBLOGOSのHPから転載させていただきました。
***
私は、思うのです。
長男が、もし障害をもっていなければ。
あなたはもっと、普通の生活を送れていたかもしれないと。
私は、考えてしまうのです。
長男が、もし障害をもっていなければ。
私たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれないと。
何度も夢を見ました。
「お父さん、朝だよ、起きてよ」
長男が私を揺り起こしに来るのです。
「ほら、障害なんてなかったろ。心配しすぎなんだよ」
夢の中で、私は妻に話しかけます。
そして目が覚めると、
いつもの通りの朝なのです。
言葉のしゃべれない長男が、騒いでいます。
何と言っているのか、私には分かりません。
ああ。
またこんな夢を見てしまった。
ああ。
ごめんね。
幼い次男は、「お兄ちゃんはしゃべれないんだよ」と言います。
いずれ「お前の兄ちゃんは馬鹿だ」と言われ、泣くんだろう。
想像すると、
私は朝食が喉を通らなくなります。
そんな朝を何度も過ごして、
突然気が付いたのです。
弟よ、お前は人にいじめられるかもしれないが、
人をいじめる人にはならないだろう。
生まれた時から、障害のある兄ちゃんがいた。
お前の人格は、
この兄ちゃんがいた環境で形作られたのだ。
お前は優しい、いい男に育つだろう。
それから、私ははたと気付いたのです。
あなたが生まれたことで、
私たち夫婦は悩み考え、
それまでとは違う人生を生きてきた。
親である私たちでさえ、
あなたが生まれなかったら、
今の私たちではないのだね。
ああ、息子よ。
誰もが、健常で生きることはできない。
誰かが、障害を持って生きていかなければならない。
なぜ、今まで気づかなかったのだろう。
私の周りにだって、
生まれる前に息絶えた子が、いたはずだ。
生まれた時から重い障害のある子が、いたはずだ。
交通事故に遭って、車いすで暮らす小学生が、
雷に遭って、寝たきりになった中学生が、
おかしなワクチン注射を受け、普通に暮らせなくなった高校生が、
嘱望されていたのに突然の病に倒れた大人が、
実は私の周りには、いたはずだ。
私は、運よく生きてきただけだった。
それは、誰かが背負ってくれたからだったのだ。
息子よ。
君は、弟の代わりに、
同級生の代わりに、
私の代わりに、
障害を持って生まれてきた。
老いて寝たきりになる人は、たくさんいる。
事故で、唐突に人生を終わる人もいる。
人生の最後は誰も動けなくなる。
誰もが、次第に障害を負いながら
生きていくのだね。
息子よ。
あなたが指し示していたのは、
私自身のことだった。
息子よ。
そのままで、いい。
それで、うちの子。
それが、うちの子。
あなたが生まれてきてくれてよかった。
私はそう思っている。
父より
[英訳・中国語訳]はメディアゴンBLOGOSに掲載されています。

函館通信2-61・・・川柳・俳句鑑賞・・・仁兵衛

 今日も又函館は雨降りです。北の方に低気圧があり午前中二回ゲリラ豪雨に近い降り方がありました。自動車運転には前照灯をつけています。外での歩行訓練もお休みです。気力も削がれ昼寝に走りがちになってしまいます。

 九州の熊さんの川柳鑑賞。問題なく「快心打 一流ぶって 不満顔」を特選とします。微妙な人の心理変化を上手く捉えている点に良さがあり、快心打を余り打てなかった私としてはこんな心理になってみたかったなと羨望の念も同時に持たされました。

 猫跨ぎ句鑑賞;相変わらず良句ばかりですが・・・。
・はんざきや活断層に耳澄ます(特選)・・・高校の生物部で高尾山の沢奥に生物採取に行った。はんざきには会えなかったがプラナリヤを採取して再生実験に供した。
その時の沢の記憶が強烈に思い出され、それが活断層という当時は興味無かった言葉と結びついて句を構成している事で何はともあれ特選しかない。
・問題は睡眠の質茗荷の子(準特選)・・・グサリと眠りの悩みを抉られたね。しかしそれが茗荷の子に飛んで行くのが作者の遊び心と云うのかな。
・半地下の古書肆を降りる暑さかな・・・神保町の古本屋に4,5段降りて行く構造のものが確かにあったね。
・鴎外の不機嫌な髭青山椒・・・この髭は「くちひげ」なんだろうが鴎外を知らなさ過ぎるので良く判らん。
・映す山なき下総の田水湧く・・・下総は千葉県北部とあるが坂東太郎の流れが有るばかりか。「田水湧く」の季語選択がさすが秀逸。
・括られしサルトル選集罌粟坊主・・・そろそろ本の整理ですか。季語「けしぼうず」の注釈に花が終わり球形の実が揺れているのがユーモラスからこの愛称になったと
ある。推測するに作者はサルトル選集をまず一番に自分から遠ざける心境ではなかろうか。
・かなかなのかで終はりたるひと日かな・・・とうとうそこまで蝉は力が弱ったか。しかし、まだまだ貴方の句作力はこんなものでは決して終わりませんよ。
・不揃ひの乱歩全集黒葡萄・・・「不揃い」「乱」「黒」の配置が面白いと思った。
・ちょっとだけ手を振り合ひて遊山船・・・大沼公園にお出で下さい。
・ドイツ製の鉛筆削り夜の秋・・・そんなにドイツ製の刃物は切れ味が良かったと見える。

以上大変遅れましたが今後川柳も俳句も鑑賞しあえる様にしてゆきましょう。
猫跨ぎさんも九州の熊さんもよろしく!

2016年9月5日月曜日

100,000÷1,350=74     ・・・褌子

ごく、おおざっぱにいうと。
いまから約350年前、芭蕉が衣川で「夏草や兵どもの夢の跡」と詠んだとき、芭蕉が生きた時代より約500年前の義経主従の最期をしのんでいたのである。その義経の時代より約450年前に柿本人麻呂が「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ」と詠んだとき、人麻呂は50年前に壬申の乱で滅んだ天智天皇の都近江宮をしのんでいたのだ。古代日本最大の争乱であった壬申の乱から約1350年たった現代日本で我々は生きている。
・・・ 
 こういう日本列島に営々と生きてきた人々の時間尺度からいうと、原発のゴミは地下300メートル以深に埋めれば安心という原発推進勢力の言い分が恐ろしく後世の人類を冒涜しているように思える。
10万年も人類はこのゴミには近づけないのだ。
100,000÷1,350=74

仁ちゃん お見舞い申し上げます・・・・逸徳

大変だったなあ。びっくりしたのは、南富良野の幾寅地区が仁ちゃんとつながったことだ。まあ、生きていればいろんなことがある。
 前回の続きをと考えていたが、やっぱり面白くないなあ。老化するとほとけみたいになるひとと、怒りっぽくなるひとがいることを、死の問題と結びつけて考えようかと思っていたんだが。

ただ、過去ということについて、最近感じていることがある。おいらはだんだん、過去の話が面白くなくなってきた。 というよりも、現在の自分、あるいは現在から始まる自分の未来にとって意味のある過去しか、精神的エネルギーをふりむける余裕がなくなってきたのである。だから、たとえば小学校や中学校の同窓会というやつへの関心が低下してきている。あの時代からずいぶん遠くまで来てしまった。ところがこうして、このホロホロ会に出てきたり、有志の旅行に参加するのは、大学時代という過去が、やっぱり抜きがたく現在の自分に関わっていて、いまだにあとを引いているからだ。つまり意味ある過去なのである。中川さんの言葉だったか、ちとわすれたが、「大学とは後天的個体発生の場だ」ということばが頭から離れないのである。

で、閑話休題。先日ある研究会で精神科のドクターと話をして、死亡判断の話になった。人間の死は、ある瞬間にばたんと死ぬ、つまり不連続点ではなくて、だんだん死ぬ、つまりフェードアウトなんだということらしい。で、どの瞬間を死亡と宣告するかは、これは科学というより、一種の文化の問題であると。で、どんな社会でも、その瞬間を決定するのは、世界共通に医者がやるということになっている。そこで脳死の話になった。脳死だって、一種のフェードアウトだから、PCを切ったみたいにパタンと能が停止するわけではない。つまり脳死といっても、その瞬間にまだ脳の一部は動いている可能性がある。というよりは、まだそれほど人間は能の働きを理解しきってはいない。
 で、ここからが恐ろしい話になる。脳死が宣告されて、ほとんど完全に能が停止したように見えていても、まだよくわからない部分において人間の意識が、それこそ0.00001%でも残っている可能性は否定しきれない。で、そういう患者から臓器移植をするということになった時、もしかしたらもしかしたらであるが、体を切り裂かれる痛みを感じる可能性もあるというのである。おいらも前から同じようなことを感じていたので、その脳科学の最新情報にくわしいドクターとの話で、おいらは自分が死んでも臓器提供をするのはやめることにした。もちろん家族もやめさせた。だって生きながら切られるってこわいじゃん。
 てなことを議論しているこのごろなのだ。

洞爺丸の沈没をおぼえていますか?   ・・・ 褌子

 仁ちゃんが国兼さんにつづいて北海道への台風の直撃を書いている。北海道の農家はたいへんなことになっているのだね。私も若かったらボランテアに行きたいのだが。大震災のあと、津波に襲われた宮城の牡鹿半島のワカメの収穫には何日も行ったが今は行く元気がない。だんだん体力がおちてきたなあ。復興支援のワカメの販売はいまもやっている。
 昭和29年だったとおもうが青函連絡船洞爺丸が台風で沈没した大惨事を思い出した。たしか小学6年くらいのときで札幌の親戚が、七里ヶ浜だったか函館の沖合で腹をみせて転覆している洞爺丸の写真がのっている北海道新聞を送ってくれたことを覚えている。
函館名物のイカそーめんが食べられないほど海水温があがっているのか。これではサンマも捕れないかもしれない。
 わたしは大学卒業したときに仁ちゃんの下高井戸の実家にとめてもらい、酒を飲みながらお兄さんの話をきいたことがある。中横浜のお兄さんというのはあのときの兄さんかな。入社式のときにも仁ちゃんのいえに泊めてもらったが風邪をひいてしまい仁ちゃんのお母さんにお世話になったことが昨日のことのように記憶にある。
 わたしもブログに二年ぶりに復帰したので、仁ちゃんが投句してくれたら、また下手くそな句評をかいてみますのでよろしくお願いします。熊さんも川柳をわすれずにつくってください。

函館通信2‐60・・・この10日間・・・仁兵衛

 8月28日に九州の熊さんの川柳、猫跨ぎさんの俳句が投稿され鑑賞を書こうと思っていたのが今になってしまった。先ず台風の状況は函館は強い風の音に夜中悩まされた位で水害、停電等は市内でも僅かでした。ご安心ください。

 所が森井の本家は南富良野町幾寅なので国兼さんが書いてくれた様に空知川の堤防が決壊して幾寅がTV映像の主役になってしまった。幸い本家は少し高い所にあり被害を免れたが9月は種イモはじめ多くの農産物収穫期でもあり実害は大きい。更にJRがずたずたになり物流が滞ってしまい馬鈴薯、玉葱、人参等の価格高騰は免れないと思う。北海道は広い、人が少ない良い面もあるがボランティアも殆ど期待出来そうにないのが実態ではなかろうか。堤防、橋梁の改修には時間と金が掛かり過ぎるし札幌から網走や釧路、根室まで列車が開通するのは何時になるのだろう。

 それにしても続けてよく台風がやって来たものだ。上空の気流の状態が変わると飛んでもない方向にも行くことが良く判った。この状態を変えているのは温暖化によるという説が有力だが信じたくないがここ2,3年ではっきりするのではなかろうか。原発の放射能も目に見えず怖いがその半減期を待たずに海水の温度上昇により気候変動に巻き込まれて行く地球の姿が想像される。
(函館の身近な現象;6,7,8月平均気温約2度高し、イカがさっぱり獲れない、梅雨の様な湿度の高い日が続く等)

 そんな中横浜の兄が9月1日に心臓の手術をした。主に僧帽弁の補修手術だった。75歳なので体力を心配したが6時間に渡るそれに耐えられた様だ。九州の熊さんをはじめ手術経験の諸先輩は沢山居られると思うが経過を遠くで待っているのも結構しんどいものだね。一方、私自身のパーキンソンの進み具合は投薬、リハビリなど続けているものの現状維持がやっとといった所です。兎に角歩行がだんだんきつく感じて来ているのは確かだ。

 さて、褌子さん久々にブログにお帰りになりましたな。相変わらず何やら難しい本や映画のご紹介ご苦労様です。旅行記はその元気さに羨ましく読ませて戴きました。元気で生きている事さえわかれば私はまずは充分です。今年になって同級生が二人急に亡くなりました。お互いに息をしている事が判る距離を保つのにこのブログを使うのがいいのではと思っています。これは私の議論ベタの逃げ口上だとも思います。

 段々書いて来たら疲れてしまいました。熊さんの川柳と猫さんの俳句の鑑賞評は別に書きます。悪しからず。


秋である   褌子

散歩道に萩が咲いていた。
古代人がいちばん好きだった花が萩。
13~1400年前の「万葉集」約4500首のなかで萩が詠まれているのは141首もあるそうだ。次が梅118、橘68、ススキ46、桜はまだ40首、くれない、フジ、なでしこ、とつづく。花ではないが紅葉は黄葉(もみち)といわれ100首をこえている。
いっぽう1100年前の「古今和歌集」1095首では桜がトップの61首、モミジ40、梅28、オミナエシ18、萩はたった15首、松14、菊13・・・
日本人のサクラ好きはこの頃いらいのものか。(白幡洋三郎先生のHPを参考にしました)

2016年9月3日土曜日

ほんとかいな?    褌子

さいきん、ヘーホントかいな!と思ったのは中央構造線とフォッサマグナの西のはし静岡糸魚川構造線が交差するところに、諏訪大社がたっているというはなし。交差する点から日本列島の四方をしっかり固め、むすびつけるために諏訪大社の四本の柱を古代人が建ててきたという説があるのだそうだ。ヘー!ホントかいな。でも、こういうはなしは好きなんだ。

逸徳さんはノルウエー式競歩やってるのかね・・・褌子

国兼さんのいうとおり、いつも眠たい。夜は9時にはもう眠たくなる。朝は5時に目がさめるが布団から起き上がることなく、だらだらと文庫本を片目で読んだり(寝ていると両目だと焦点があわない)また寝たり。昼間テレビをみるとすぐ寝てしまう。情けない。
一日50回のスクワットも10回の腕立て伏せもやめてひさしい。逸徳さんはまだ二本のストックをふりながらノルウエー式競歩を続けているのであろうか。九州の熊さんや小林さんがゴルフで足腰をきたえているときいて焦る。最近、よろけたり、つまづくことが多くなった。
一昨年、女房に連れられて立山に登ったときも大変だった。去年シアトルのマウントレーニエの中腹をめざしたときも大変だった。ことし8月に八方尾根にいったときにもふうふう休み休みで大変だった。
来月10月はじめに女房といっしょに栗駒山(宮城岩手秋田の県境)に登ることになったので、一念発起けさから朝の散歩を5年ぶりに開始。ゴミステーションにゴミをもっていって、そのままたった30分の散歩。釈蔵院という古刹の境内をぬけて畑のまわりをぐるっと歩くだけ。これは天気がよければ毎朝つづけたい。こういうところに書かないとすぐ決心がにぶるのだ。

2016年9月2日金曜日

鑑賞記 ありがとう・・・九州の熊

自分の投稿に反応があると素直に嬉しい
今回は 柄にもなく 川柳に挑戦  暗闇の中での一人旅でした  多少甘めの評価だったんでしょうが 結構優しいことばをいただき 調子に乗って100作品目指して 創作(といったらおこがましいけど)を積み上げたいとおもいます

快心打  一流ぶって  不満顔   が秀逸賞ですか   こういう輩って結構いるんですよね あの当たりでそのセリフは  ぜいたくぜいたく と反応するんですが  その応答が また自尊心をくすぐるみたいで・・  素直に ナイスショット と自画自賛すればいいのに    そんなに自慢したいかと内心  冷ややかに見下しています

わたし的には   あすコンペ・・  が気に入ってます  自分の体験をベースにした作品  実はこの句の姉妹編があります    あすコンペ    天気予報を     なんども見              もちろんこれも自体験です  ゴルフって プレー以外にも楽しむ要素がけっこうあるもんです



地球のゆくえ   ・・・褌子

空知川も岩手の水害も大変。北海道も連日30度をこえていると聞くと地球の行く末が心配になる。
きょうの東京新聞の記事に考え込んだ。10万年後の人類に、わたしたちは、なに人と呼ばれるのだろう?
原発のゴミは地下300メートル以深に埋めればよいというアベ政権をきびしく批判して今田東工大名誉教授は次のように語った。
【核のゴミは最短1万年、最長10万年にわたって人類から隔離しなければならない。1万年前は縄文時代。10万年前、私たちはネアンデルタール人だった。将来の人類から見れば、私たちもそういう立場だ】
厳密にはネアンデルタール人は滅んでいるので、われわれホモ・サピエンスとネアンデルタール人は祖先が同じと言うことなのだが。なお、太陽をまわる地球の公転軌道は10万年ごとに伸縮しており、大局的には地球は寒冷化にむかい10万年後は地球は全球凍結しているという。植物が全滅した地球で人類は生き延びることができるのかどうか。そのまえに、核兵器や原発で人類が滅びている可能性も否定できない。

空知川・・・国兼

  最近は何かに感動することも、驚くことも少なくなり、只ひとえに朝寝、昼寝、夜寝と飯を食べた後に実に眠たくなる。惰眠をむさぼるという言葉がぴったりである。そんな太平な生活の中で驚いたのは、先日の台風で空知川が氾濫したという南富良野町の映像である。
  私の故郷、滝川市は北は大雪山あたりを源流とする石狩川と南は十勝岳あたりを源流とする空知川が合流する場所である。私の家はこの空知川のすぐふもとで、小学校時代には大雨の降った後に兄貴たちと共に燃料用の流木を拾いに行かされた思い出の川である。
  明治から大正にかけて、この二つの大河のために滝川は度重なる水害に見舞われ、町の発展がそのたびに阻害されたという。そのために空知川から石狩川かけて長大な堤防が築かれ、それと同時に赤平や芦別等の空知川流域の炭鉱地を守るために上流にダムが建設された。それらの治水工事により、私が物心がついて以来、この川が氾濫し、水害の被害をもたらしたという記憶は全くなく、完全に「治水」された川のイメージである。先人が築いたこの堤防は、高度成長時代に逆に町の発展の阻害になるということで壊され平坦な道路になってしまった。
  それが何と今回の台風で、上流の南富良野町が氾濫したというから驚いたが、今日の地球規模の温暖化からすると、このような台風の頻度と集中豪雨的雨量は異常ではなく通常事態になるのであろう。町を守るべき堤防を破壊したことをやがて悔いる日が来るのかもしれない。

2016年9月1日木曜日

九州の熊さんの川柳を鑑賞    ・・・ 褌子

ブービーの   付箋はぎとり  「はい賞品」
    すなおでいいねえ。熊さんの正直で、やさしい性格がでている。
芝目よむ   それよりマナーの   本を読め
    その通りです。といってもゴルフやったことないので・・・
 帰宅の弁   結果は聞くなと   決め台詞
    なるほどね。やさしい奥様にいいご主人ですね。
快心打   一流ぶって   不満顔
   うんうんこれはわかる。内心うれしくてしょうがないくせに、わざと首をかしげたりしてねえ。
   中学時代。先生に賞められてうれしいくせに、わざとつまんなさそうな顔をしたなあ。
   好きな女の子に道で会ったら、わざを顔をそむけたりしてねえ。これは少しちがうか
   これが熊さんの川柳のこんどの秀逸賞
あすコンペ   ウェアーの試し着   深夜まで
  明日に期待するワクワク感、緊張感が伝わってくるぞ。

わたしも昔、こんなのをつくって同級会のバスの中で披露したら全然うけなかったなあ。お粗末でした
  わたしには夫がいますと妻寝言
  

死と怒り・・・・逸徳

さて、誰だい。あなたは。 名前を忘れるのは老化性健忘だよ。

2月以来、身近な人を2人見送った。いろんなことを考えた。そのことを書いてみたい。すこし長くなったら続きものにしようか。

まず、人間の精神構造について、おいらにはぬけがたく次のようなイメージがある。それは同心円構造というか、あるいは玉ねぎ構造というべきか。 とにかく何層ものレベルの違う世界が自我をとりまいているのである。

中心にいる自分は、まったくの孤独である。孤独というのは自我の本質であってさみしいとか、なんとかということとは全然ちがう。愛だなんて言葉もいらない。一人なのである。たとえば望遠鏡でアンドロメダ星雲と向かい合っている時の自分、顕微鏡でゾウリムシの細胞内器官を観察している自分、さくら吹雪の中で鳥の声を聴いている自分。何も考えず、時間の流れもなく、ただ対象と向かい合って共鳴しあうのである。宇宙と向かい合う私。それだけである。

孤立はいやだが、孤独は怖くはない。それが本質なのだろうから。

で、最近の体験の中で孤独ということにかかわって次の言葉がよく浮かんだ。くどいときらわれるかもしれないが引用させてもらう。ひとつは空海さんの言葉
・・・・生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し(くらし)・・・・・「秘蔵宝やく(←変換できねえ)}
 
えらい虚無的であるが、はじめて読んだ時はショックを受けた。生まれるのも死ぬのも孤独だということだろう。似たことばがシェークスピアにもある。
・・・・人は泣きながらこの世に生まれ出て、たった一人で死んでいく・・・・(後半部異説あり)

要するに、人間の本質存在は孤独であって、そこから出てきて、そこに帰るんだということなのである。 そして生の真っ最中はあんまりそういうことは考えないかもしれないが、それでも本質は変わらない。

 で、そのことと人間精神の同心円構造とはどうかかわるか。
自分の社会的関係や、他者とのかかわり、その他もろもろのトラブルはおそらく、同心円構造のもっとも外側の問題である。もっとイメージ化すると、お城なら最外殻の三の丸、四の丸ぐらいの話で、ほんとの自分は天守閣にでーんとすわって、全体を鳥瞰していたりする。天守閣にはだれも入れない。おそらく外から見たら、どこに天守閣があるのかもよくわからない。自分にも分らないかもしれない。孤独というのはそういうイメージである。つまりだー。他者との関係、社会的存在としての自分にとって、泣いたり笑ったり、怒ったりしているのはみーんな一場の演技みたいな感じなのである。シェークスピアだっていう。「人生は舞台、人はみな役者」と。
 で、もろもろの生きるということについてのしがらみやトラブルはみーんな三の丸の話で、だから何があっても天守閣の自分はそんなに動じない。だって殿様が三の丸まで出て行ってわーわー騒いだりしたら、そのお城はすぐ落城するんじゃないかなあ。むしろ鳥瞰し、分析したりしている。

だから、たとえば相手が何かについて怒ったりこっちを攻撃したりすると、同レベルでかっかする前に「なんでこの人はこんなに怒っているのかなあ」と、分析したりしてしまう。これは相手を馬鹿にした話かもしれない。まるで医者が患者を診療しているような態度だからだ。しかし、腹がへっている野良犬に吠え掛かられたら、同レベルでほえ返すのはばかじゃないか。そこでの本質は原因の除去、たとえばエサをやってみることだろう。
 しかし、これも結局は三の丸、玉ねぎの表層の話に過ぎない。

ここまで書いて気が付いた。これ化学の話とそっくりだなあ。化学では「ある原子の化学的性質は最外殻の価電子の挙動によって決まる」という。そっくりでないかい。

でこの事が怒りとどうつながるか。ここまで書いて時間が来た。また書いてみる。

白馬・黒部・富山の旅   ・・・ 褌子

 不毛な議論も終わったので、気分転換。さっそく投稿を再開したい。
 9月になった。8月に女房と三泊四日の豪華な車の旅をした。
 信州の白馬・八方尾根、新潟の翡翠のふるさと姫川の上流明星山、フォッサマグナの東西日本の激突地を見学し、さらに富山の宇奈月温泉・黒部峡谷の欅平・落差日本一の称名の滝などをみた。みなさんもぜひ家族と車で行くといいと思うのでコースを紹介する。
 千葉の自宅を朝五時に出発。関越道から信越道にはいって北上。初日は曇っていたが白馬五竜の山草植物園で歓声をあげた。四つ葉ヒヨドリにとまる南海から飛来する蝶アサギマダラをみることができた。そのあと白馬村の姫川源流をみにいった。姫川は古事記にでてくる「ぬなかわ」ではないか、万葉集にでてくる玉とは姫川の翡翠のことではないかと『万葉翡翠』の松本清張の推理に日本の考古学会が脱帽した、その姫川の源流であるので感慨無量。夜泊まったペンションでフェイスブックに投稿し反響があったので、このブログにも転載したとおり。
 二日目は八方尾根へ。リフトを三回乗り換えて、さらに三〇〇メートル登って八方ケルンをへて八方池へ到着。ところがどんどん霧があがってくるので、名物の八方池にうつる白馬岳をついにみることができなかった。
 姫川は新潟の糸魚川にそそぐ川で、その姫川の支流の奧に翡翠がとれるのである。さみしい山奥へと車で登っていくと明星山の巨大な大岩壁、その下の川あたりが翡翠の産地らしいがこんな山奥に監視員のおじさんがたっていた。4億年まえのマグマのなかで翡翠は誕生して地殻変動で地上まで現れたと説明版があった。川をどんどんくだるとジオパークがあってフォッサマグナの露出地をみにいく。いっけん何の変哲もない崖だが右側が東日本、左側が西日本、いまもぎゅうぎゅうと押し合っている。いずれまた写真などで詳しく紹介したい。
 高速で日本海沿いの親知らず子不知の難関もトンネルの連続であっというまに通り過ぎて富山平野にでる。富山と言えば橋本はっちゃんのふるさとだったなあ。不可止という名前はかっこいいなあとあこがれたものだ。昭裕なんてつまんない。
夕方おそく宇奈月温泉についた。朝はやく名物のトロッコ列車で欅平へ。日本一の黒部の大峡谷の脇をトロッコ列車がすすむ。天気もよくて昔から来たかった欅平に着いた。トロッコ列車の帰り途中下車して水着で河原の温泉にはいる。川の底から湧き出すお湯が熱すぎ川の水は冷たすぎ、旅館の温泉にのんびりつかるようなわけにはいかない。
  宇奈月温泉から富山市へいく途中、滝ウオッチャーの女房が称名の滝をみたいという。車をとめてから一キロも歩いて落差四〇〇メートルの滝をみる。車のなかから3泊目の富山市内の安いホテルを予約。富山市ははじめてきた町である。ホテルの近くでブラックラーメンというのを食べた。
 翌日、北前船で栄えた旧家をたずね、さらに富山県立書道美術館にいく。この庭と建物がよかった。
千葉への帰り道は松本への山越えの道で岐阜の平湯温泉も通った。夜遅く無事に千葉へ帰り着いた。千葉→東京→埼玉→群馬→長野→新潟→富山→岐阜→長野→群馬→埼玉→東京→千葉と走ったわけだが、三泊四日なのでムリのない素晴らしい車のコースなのでまだ行ったことのないひとにはおすすめしたい。