老化は直近の記憶を劣化させるが、長期記憶はますますはっきりしてくるらしい。で、褌子さんのウイルスの話を聞いて思い出した。ウイルスは生物か否かというのは講義でやったなあ。生体高分子論だ。須貝さんだったかなあ。月面着陸船みたいなタバコモザイクウイルスの写真を覚えているかい。あれは確かに生物という感じはしなかった。
で、生物とは何かということに関して、つい最近ある医者と話した。話題は、人間の臨終の瞬間はどうして決めるかということがメインだったが、生物学的には死はフェードアウトで、ある瞬間を死と決めるのはむつかしいが、その医者の話によると、何度も臨終に立ち会っての経験だそうだが、何となく、その瞬間はわかるんだというのである。簡単にいえば「ああっ 今死んだな」というのを感じるというのである。どうもそれは、人間がひとつの統一体として存在しているのが、その統一が終わる瞬間なのである。そこにその人の肉体があって、その9割以上は生存しているのに、もう全体としての統一がバラバラになる瞬間なのだろう。なんとなく戦争で負けた瞬間を連想した。司令部は負けたといっているのに、最前線は納得していないのに似ている。
つまり生命というのは、情報の集合体であり、それが一定のソフトで動いている。このソフトが命の本質ではないか。なので、ぼけるというのは、そのソフトにバグが生まれてきたんだな。
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