2017年12月12日火曜日

掲載ページ   ・・・ニッセ

七帝柔道記は、連載後単行本化されたものと、その後角川文庫本になったものがありますが、その文庫本で、209ページです。 第6章4節の初めの方ですね。

2017年12月10日日曜日

おひさ

ニッセさん こんちは  元気なようで何より

さっそく七帝柔道記図書館で借りてきて読んだ 斜め読み しかし高分子学科の書いてある場所みつからんよ  何ページ目だ?

2017年12月2日土曜日

角川文庫 ”七帝柔道記”   ・・・ニッセ

昔勤めていた会社で若い頃に一緒だった研究室仲間は、それぞれ違う事業部に移っていきましたが、定年後65歳を過ぎたころから年に一度集まって、おしゃべりするようになりました。

で、仲間の一人が”七帝柔道記という本知っとるか。えろう、おもろかった。あんたの大学の柔道部の話しでっせ”。ということで、早速、ネット図書だと半額だけど、たまには書籍で読もうと角川文庫版を購入。マンガ版も出版されていました。

七帝柔道戦へ向けてひたすら励む青春真っ只のストレートなお話しですが、柔道に疎い私には、こんな柔道有るの、え、本当なの?の連続で、一気にぐいぐい読まされてしまいました。



理学部高分子学科の話しが出ていました。水産学部の学生がおしょろ丸に乗って外国の港に寄港する時、学生に配る風船は、高分子学科の学生実験で作ったものと記載。
キチンをアルカリでグツグツ煮ていたけれど、これが発展したのかな。膜にすると生体へのなじみが良くて、各講座の有志が連携して、設計、製作、評価(バリヤー性、粘弾特性、微細構造)を担当してしてあるべき姿を求めたとか?。

この本は月刊秘伝(2008-2010年)に連載された自伝的長編小説です。2013年に単行本化、2017年に文庫本になりました。
著者増田俊也氏は1986年、教養部水産系に入学、4年目の七帝戦の後大学を中退し、土木作業員として働いた後北海タイムス社に入社。
その後中日新聞に移り、2016年退社して、専業作家になっているとのことです。

2017年7月21日金曜日

BLUE BACKS ”宇宙は「もつれ」でできている”   ・・・ニッセ

量子コンピュターのことが知りたくて、4月投稿で「{量子コンピュータが人口知能を加速する」の本を紹介しましたが、 その時、町の図書館に予約を入れていたのが、タイトルに記載の本です。貸出OKが来たのが7月。
原題は”The Age of Entanglement -When Quantum physics Was Reborn"です。

entanglementという単語は、高分子屋にはなじみの単語ですね。
本の紹介記事をそのまま転載すると
直観と論理の狭間で、物理学者がもがく!
一人の天才の独創によって誕生した相対論に対し、量子論は、多数の物理学者たちの努力によって構築されてきた。
数十年におよぶ精緻化のプロセスで、彼らを最も悩ませた奇妙な現象=「量子もつれ」。
たとえ100億km離れていても瞬時に情報が伝わる、すなわち、因果律を破るようにみえる謎の量子状態は、どんな論争を経て、理解されてきたのか。
・・・・・・・
当事者たちの論文や書簡、公の場での発言、討論などを渉猟し尽くし、8年の歳月をかけて気鋭の科学ジャーナリストがリアルに再現した、物理学史上最大のドラマ――。

この本の編集者、うまいですね。タイトルや要旨、読みたくなるように工夫しています。
で、感想ですが、最初は順調に読んでいたのですが、次第にわからなくなってきました。
お話しの大部分は量子論の構築過程で、宇宙は量子論を踏まえた哲学との関係で、時々顔を出します。

2017年5月19日金曜日

仁句鑑賞・・・・逸徳


仁ちゃん上京。 赤いじゅうたんでお出迎えの心境。楽しみだなあ。飛んでいきます。

4月の句にいろいろと考えていたら、もう五月か、早いなあ。 こちらは花粉症で目がかゆく鼻にもきてしまった。たまらん。

で、今回はいい句が多い。いいというのは、わかりやすく、共感するものが多いという事である。
1、囀りや出産祝いの品選ぶ・・・・囀りというのは、あの春の季語になっているやつだな。鳥はなんでもいいだろう。北海道は何かなあ。で、あれは求愛の鳴き声であって、つまりは命の賛歌になるだろう。この事とも出産祝いがぴったりとイメージがつながる。
2.薬指紅さすしぐさ若葉風・・・・薬指は紅さし指ともいう。うん色っぽいが、時代は電車でぬりたくるという状況である。見たくない。     
3.海霧深し中学生の妙手かな・・・将棋の奥深さを海霧深しとイメージしたか、藤井君まもなく19連勝    
4.朴の花験を担いだ準決勝・・・これよくわからん
5.少年の珈琲初め新樹光・・・珈琲はじめがいい。海の向こうでは、ひとつの文化としていくつかの小さな成人の儀式がある。ある年齢になったら珈琲を飲んでいいというのもひとつの成人の儀式なのだ。そのほかに半ズボンから長ズボンを初めてはくというのもあるらしい。こういう小さなタブーは一つの物語を紡ぎだす。 大人になるという事は大変なのだ。 新樹光という言葉がぴったりである。まさに青春なのだ。  特選   
6.通行止置かれたままに花隧道・・・帰還困難区域のゲートの向こうに続く桜トンネル。だが、その下を歩いて花をめでる人はいない。現代というばけものが到達したひとつの風景。哀しい風景である
7.亀鳴けり戦後七十二年目に・・・亀もなくのか。悔し泣きではないだろうか。最近の安倍さんを見ていると。
8.牡馬牝馬首まで競りて花は葉に・・・・さくらのしたの天皇賞かな。
9.郭公に苦き迷夢を覚まされて ・・・夢ならさめてほしいと思う毎日である。覚ましてくれるなら郭公もまた救いの神です。 しかし北海道の郭公はこちらの鶯のほーほけきょにあたるなあ。  
10.圭角のとれて米寿や麦の秋 ・・・これよくわからん。将棋がわからんからかな。
 

2017年5月17日水曜日

函館通信2‐75・・・5月投句・・・仁兵衛

 函館もやっと桜が終わり、替わって紫はしどいが盛んに咲き始めている。世界は実に複雑な様相を見せつつ刻一刻と変化の速度を緩めては来ない。ニュースを見てついて行くだけで疲れてしまう。勿論年齢が更にそれに追い打ちを掛けて来る。忘れたようだが5月の十句を送る。ご鑑賞、ご批評をお願いしたい。

平成29年5月
1.囀りや出産祝いの品選ぶ
2.薬指紅さすしぐさ若葉風     
3.海霧深し中学生の妙手かな    
4.朴の花験を担いだ準決勝
5.少年の珈琲初め新樹光      
6.通行止置かれたままに花隧道
7.亀鳴けり戦後七十二年目に
8.牡馬牝馬首まで競りて花は葉に
9.郭公に苦き迷夢を覚まされて   
10.圭角のとれて米寿や麦の秋    

 5月31日から上京予定。体調全く悪く不安多し。衰えてゆくぶざまな姿は見せたくないが仕方なし。何人かの人にお会い出来れば有り難い。

2017年4月27日木曜日

函館通信2‐74・・・有難う・・・仁兵衛

ニッセさん訂正ありがとうございます。

どうも私のPCはこの辺りに欠陥がある様で時々相手から指摘される事があります。
同じ様な位置で発生している様ですが私にはよく分かりません。

呆けも進んで直す力もなく打つ手なしです。
それがニッセさんに掛かるといとも簡単に直されて恐れ入りました。
今後とも宜しくお願い致します。

森井 仁

2017年4月26日水曜日

量子コンピュータ  ・・・ニッセ

カナダのベンチャー企業が開発、商品販売を始めたD-Wave量子コンピュータが 技術紙面のニュースで取り上げられ、各メディアで紹介されるようになりましたが、 量子コンピュータがどんなもんかまったくわかりません。 0と1のビットが重なったりする量子状態で、どのように入力して、出力しているのか不思議です。

そこで、わが町の図書館で検索し、最初に読んだのが 「シュレーディンガーの猫、量子コンピュータになる」(著者 ジョン・グリビン, 訳者 松浦俊輔)です。 これは、コンピューターの歴史、特に戦争中の暗号解読や、発展に寄与した研究者等のエピソードもあり、読み物として面白かったのですが、 量子コンピュータについては、あいかわらずもやっとした感じでした。

 次に読んだのが、「{量子コンピュータが人口知能を加速する」(著者 西森秀稔、大関真之)です。

D-waveは「量子アーリング方式」の量子コンピュータですが、西森先生はその原理を提唱した方です。 アインシュタインの名言集に「6歳の子供に説明できなければ、理解したとは言えない」がありますが、 なるほどね。こうやって計算するんだ。量子コンピュータはハードだけだと思っていましたが、ソフトにおいても 量子力学を使っていました。

素人にわかりやすく説明しながら、多方面に内容の濃いコンパクトにまとまった本でした。

追記
仁兵衛さんの四月投句で、9句が一文字毎に空白と、10句の間に大きな空白がありましたが、多分ミスと思い詰めておきました。

最近の読書から   西沢昭裕

『バーニー・サンダース自伝』(萩原伸次郎監訳・大月書店)を読んでいる。
 民主社会主義者を自称し、共和党と対決する民主党の大統領候補にあと一歩のところまで快進撃したサンダースさん。父親がペンキ屋さんであったようにポーランド系のごく庶民的なユダヤ人家庭に生まれ、祖父母はナチのホロコーストで命を失っている。
 若い頃ベトナム反戦運動に身を投じたことなどは出てくるが、自伝といっても生い立ちを綴ったものではない。
 1%の金持ちが政治家とメディアを支配し、現代アメリカ社会がどんなに弱者に冷酷な分断された社会かを告発している。
 湾岸戦争のあと、とくに9・11からブッシュのイラク戦争に貧しいアメリカ国民がメディアのウソでからめとられていく様をリアルに語り、彼が無所属の下院議員、上院議員としてアメリカの真の支配者とたたかってきたドキュメンタリー。戦争に反対しているサンダースがイラクの戦地に息子が送られている貧しい母親から抗議をうけるくだりなどは日本でも起こりうると思った。
 読んでいて私は「既視感」をもった。
 なんだ、全部、今の日本にそっくり起こっていることではないか。小泉・竹中構造改革で敷かれたレールを暴走している安倍政権のもとでの格差拡大、軍拡路線はそっくりアメリカの真似をして後追いをしているのである。
 バーニーがトランプを降して大統領になってほしかったなあと私は思った。といってもオバマも最初に期待したほどにはアメリカをほとんど変革できなかったし、鉄壁の軍産複合体に手をふれることもできなかった。注目するのはバーニーはまだたった2015年からの民主党員でそれまでは35年間、ヴァーモント州の市長時代8年を含め無所属の「政治革命家」だったということ。ことし75才の民主社会主義者を自称する彼はまずアメリカの既成の支配者の一方の強固な集団である民主党の変革というきわめて困難な仕事から始めねばならないだろう。
・・・
 「既視感=デジャビュ」といえば、1980年代後半から狂乱したバブルのころに『オンリー・イエスタデイ』(F・L・アレン 筑摩書房)を読んだときにも同じ体験をしたものだ。
 1929年の世界大恐慌の前夜、アメリカを襲ったバブルの詳細なルポルタージュ。
 バブルで猫も杓子も自宅を担保に銀行から金を借りて株や土地を買い漁り、値上がりした株や土地を担保にまた銀行に走り、最後にバブルがはじけて破産する有様を読んでいて、なんだ今の日本そっくりではないか、と当時思ったものだ。(リーマンショックも記憶に新しい)
 資本主義は時代も場所も変えながら同じことを螺旋状に繰り返し矛盾を深め恐慌のあとしまつに軍拡と戦争を求めていく・・・。
 OnlyYesterdayとは「(あの狂乱は)ほんの昨日のことだった」とでもいう意味か。
カーペンターズのOnlyYesterdayは「ほんの昨日まで独りぼっちだったけど、今はちがうわ」という意味かな。

吹雪のサンクト=ペテルスブルグ  褌子

 吹雪のサンクト=ペテルブルグを駆け足観光。
 ペテルブルグ(ペテログラード)とはペテロやピョートルのまちという意味。バルト海への出口ネヴァ河の河口の沼沢地にピョートル大帝がつくった要塞都市がヨーロッパ屈指の壮麗な都市に発展した。
 ちょうど百年前のロシア十月革命発祥の地。ソ連時代はレーニングラードといわれ、独ソ戦でドイツ軍に900日包囲され60万の市民が餓死したが、ついに降伏することがなかった。この「英雄都市」もソ連崩壊で元の名前の「ピョートルのまち」に戻った。1703年建設開始だからモスクワのような古都ではない。モスクワが京都だとすると開府400年の東京を「道灌ブルグ」とか「徳川グラード」とか呼ぶようなものか。 (ノヴァゴロドやウクライナの首都であるキエフは奈良か) 
 女帝エカテリーナ2世の冬宮だったエルミタージュはフランス語で「隠居所」という意味なのだそうだ。ロシアの大地を這いずる民衆のうめき声を通奏低音に、目をうばうばかりの華麗な大宮殿を歩く。ドイツ軍の包囲に市民は名画や宝物を地下に埋めて守りぬき宮殿も危うく爆撃をまぬがれたという。ナポレオンもモスクワを焼いたがペテルブルグには手をつけなかった。
 ドストエフスキーも通ったというロシア正教の教会があって道をはさんで「ホテル・ドストエフスキーДостоевский」という小さなホテルに今、泊まっている。ここのレストランの名前が何と『罪と罰』の「ラスコーリニコフ」というのだから「漱石」旅館の「三四郎」食堂みたいもの (^^)
  ロシア語の妙な33個のアルファベットはキリル文字というのだそうだ。キリル文字はギリシャ文字やラテン文字の親類筋だそうで私には無論ちんぷんかんぷん。

先日ロシアに行ったので・・・  褌子

辻邦生『背教者ユリアヌス』や高橋和巳『邪宗門』が出たのはベトナム反戦運動真っ盛りの1970年前後で、社会的には連合赤軍事件があったころ。両方とも大部の小説だったが面白かった記憶がある。高橋和巳は全共闘運動に理解をしめしたが、当時、満員電車に乗って、もやもやと東京の会社に通っていた私はこの過激な学生運動に共感するものはなにも無かった。
・・・
 ローマ帝国はキリスト教を国教にしたが帝国は東西に分裂し、コンスタンチノープル(現イスタンブール)を首都にした東ローマ帝国はビザンチン文化を発展させ、キリスト教は東方正教会となった。いわゆるギリシア正教で黒海やカスピ海を経てドン川、ヴォルガ川沿いをしだいに北上してロシア正教として専制政治が支配するロシアの農奴たちに浸透していった。
こんかい、サンクト=ペテルブルグ、モスクワの駆け足旅行をして、ソ連崩壊後にロシア正教がすっかり儀式としては復活していることを知った。いまのロシア人がどのくらい信仰しているかは知らない。(余談だが、イスタンブールがシルクロードの西のはしだとすると、東のはしが奈良ということになる)
・・・
 あんまり読んではないが、ロシア文学というと中村白葉とか米川正夫の訳が懐かしい。さいきんは亀山郁夫さんたちの翻訳でずいぶん読みやすくなったように思う。ドストエフスキー『悪霊』3冊のうち往復20時間の飛行機のなかで1冊だけをやっと読んだ。あとは酒飲んで寝ていたり、上空から北極やシベリアを眺めたり。
 亀山さんの解説によると1872年刊行の『悪霊』は埴谷雄高、椎名麟三、高橋和巳、大江健三郎、村上春樹、さらに高村薫などに大きな影響をあたえたそうである。(黒沢明監督もドストエフスキーを若いときに熱読している。ベルばらの池田理代子さんも最近テレビで同じことをいっていた。松本清張とか井上ひさし、水上勉、吉村昭などが好きだった私には、残念ながらいずれも苦手な作家たち)
 ドス作品には、皇帝につかえる貴族たちの悩める子弟や貧乏学生など知識階級(インテリゲンチアとは帝政ロシアの西欧派自由主義者をさすロシア語)が登場しロシアの社会閉塞について実にあれやこれやしゃべりまくり、実に真実と虚偽がいりくんだ矛盾にみちみちた言動で物語が混乱し盛り上がる。これは作家ドスが生きた時代が進歩と反動が渦を巻く混沌の時代だったからである。
1861年にロマノフ王朝は「農奴解放令」を発令したがロシア社会の混乱はいっそう深まった。(同じ年にアメリカでは奴隷解放をめぐって南北戦争が起きている) 
青年ドスも全共闘運動みたいなものに走って逮捕され死刑宣告をうけたがシベリア流刑で生きのびた。レーニンの兄は青年時代に革命家として死刑になっている。
 1700年はじめピョートル大帝が建設したサンクト=ペテルブルグがロシア帝国の首都になって、バルト海から西欧文明が洪水のように入ってきた。西欧派のロシアインテリ階級と、ロシア正教と農奴制にささえられた守旧派(スラブ派というらしい)が激突し葛藤している時代背景がわかるとロシア文学も少し読みやすくなるかもしれない。
 安倍晋三みたいな見栄っ張りなウソつき男がドス作品にはいくらでも登場するので、人間はちっとも変わりはしないようにみえるが少しずつ進歩もしているのではないか。歴史は繰り返すがまったく相似形ではなく螺旋状に発展しているのではないか。
 西ローマ帝国のキリスト教がルネサンス、宗教改革、フランス革命、産業革命、二度の大戦などに翻弄されつつ世界宗教へと発展していくのはいうまでもない。
数年前、ロシア正教会の総主教とカトリックの総本山ヴァチカンの教皇が1000年ぶりに仲直りして抱擁したというニュースをきいた。ナチによるユダヤ人ホロコーストを知りながら黙殺していたヴァチカンも今の教皇が先年、反省の弁を述べたそうだから歴史は前へと流れているようだ。
 核兵器廃絶条約交渉もいよいよ国連で本格化するというから、やはり歴史は確実に前へ進んでいるのである。それにしても被爆国の日本政府がこの交渉にそっぽをむいているのが情けない。
(レーピン『ヴォルガの舟曳き』)

もうひとつ・・・褌子

  われなくて山べの桜咲きにけり
 オレが死んでも この山桜は年々歳々咲くのだろうなあ・・
 だれの句か忘れたが、花見にふと思う句。
日本のサクラはこんなに美しいのにアベ政治は薄汚ねえ・・などと思っていたらサクラも散ってしまった。
 次は右遠俊郎『読書論ノート』からの一節。
―――――
 桜の花は美しい。だが、生活者にとっては、それはただそれだけのことである。いっとき心が和み、何か儲けものをしたような気になる。やがて忙しい日々のなかに、桜の美の記憶も忘れ去られていく。季節がめぐれば、桜の美しさと再会できると信じるからだ。だから生活者は、ふつうなら、だれでも桜の美を所有しようとは思わないだろう。芸術の美とのちがいはそこにある。芸術の美の発生が一回かぎりであるのにたいして、自然の美はその開花を繰り返すことができるのだ。
 古来、日本の文人は、数多い花々の美しさの中で、もっとも多く桜の美について語り、歌ってきた。だが、彼らの美意識のなかには、ほとんど所有感覚がない。散り急ぐ花を惜しむだけである。ふたたびめぐりあう日までの、いっときの別れを哀惜するのである。愛する女を失ったような絶望感はそこにはない。それは、桜であろうとその他の花であろうと、自然の美は文人にとって、自分の外部にある価値であり、再生することのできる価値だからである。
―――――
  このあと、右遠俊郎は、桜の美を外部の価値でなく、内面に押し寄せてくる価値として受けとめると、それは安らぎではなく自分の存在を脅かす不安の原因となる。美はそのとき愛と同じ働きを示しはじめると書いて梶井基次郎『桜の樹の下には』と坂口安吾『桜の森の満開の下』という二つの小説の読みどころを説くのであるが、わたしはこの二つともまだ読んではいない。

ふたつFacebookから転載    褌子

NHK政治向きニュースには、政権迎合の作為と欺瞞がある。
 アベ内閣の高い支持率は首相の「やってる詐欺」に加担するNHKニュースのせいが大きいのではないか。世論調査でなく“世論操作”。
 いっぽう「NHKスペシャル」の『 2017廃炉への道・・核燃料デブリ見えてきた“壁” 』は、録画して目を皿にして観た。
 「人類がかつて経験したことのない廃炉作業がつづくフクシマ第一原発にNHKカメラがはじめて入った」というナレーションで始まる。1~3号機で原子炉の底をやぶって二千度以上でメルトダウンし、さらに一部は格納容器まで溶かして飛び散った核燃料のデブリ880トン。これを取り出すだけで40年はかかるといわれている。廃炉が完了するまでには何十兆円かかるか見当もつかない。
今の段階はロボットにつけたカメラがやっと超高線量のなか撮影した映像で1、2号機のデブリがどこに落ちて散らばっているか居場所が何とかやっとわかりかけてきたという段階。ここまで来るのに事故から6年たっている。民間企業が津波対策を怠って起こした事故なのに毎日あふれ出る汚染水対策もふくめると国が税金で負担した費用はすでに2兆円。
・・
 地震列島の日本に原発54基。もし北朝鮮のミサイルが一発でも命中したり、航空機が万一墜落しても取り返しがつかぬ惨事となることは素人でもわかる。
 フクシマの原発事故後も原発事業推進をやめなかったため破産寸前の深刻な経営危機におちいっている東芝。家電に半導体に重電に地道ひとすじにやってきた東芝ほどの企業が悪魔のエネルギーにしがみつづけてしまった背景には、アベ首相の原発輸出トップセールス、再稼働強行路線があるのは間違いなかろう。
 放射性廃棄物無害化に10万年もかかり、全く採算にあわず危険極まりない原発再稼働にアベ政権がなぜこれほど固執するのか。それはすでに長崎型原発6000発分もたまっているプルトニウムをつかって日本が核保有国になりたいという野望達成に核技術を温存したいからではないか。国連で核兵器禁止条約交渉が始まるというのに。
  地球が誕生して約45億5000万年たっている。人類(われわれ現生人類ホモ・サピエンス)は誕生して約20万年だから、地球の歴史を一年とすると大晦日の日付が変わる直前3分前に今の人類は誕生したことになる。
 ドイツのウェーゲナーが大陸移動説を発表したのは1912年である。ゴッホの絵が生前まったく売れなかったように、この大陸移動説もウェーゲナーの生存中は一顧だにされなかった。南アメリカ大陸東岸とアフリカ西岸がぴったり一致するというウェーゲナーの天才的直感も、大陸を動かす巨大なエネルギーの説明がつかなかったのだ。地球誕生時から減り続ける熱や月の潮汐摩擦熱、太陽からの熱では全く足りないのである。
 ウェーゲナーより、50年ほど前にイギリスのケルヴィン卿が、地球は熱く溶解した状態で誕生し地球表面だけが冷却した現在の状態になるのに2000万年~4億年かかったと熱伝導理論で試算を発表したが、生命進化や大山脈の地層形成プロセスからダーウインや地質学者たちはケルヴィン卿の推定に地球の歴史はもっと古いはずだと強い違和感をもった。 ー 地球内部には人類が知らない大きな熱源があって地球の歴史はケルヴィン卿の推測よりはるかに古いのではないだろうか、と。
 いっぽうフランス人ベクレルがウランのはなつ放射線を発見したのが1896年。さらにポーランド出身のマリーはフランス人ピエール・キュリーと結婚し夫妻は原子崩壊を起こす放射性元素ラジウムとポロニウムを発見する。夫の死後、キュリー夫人が大量の瀝青からはじめてラジウムの分離抽出に成功したのが1911年。(ウェーゲナーの大陸移動説発表の前年。放射能という用語はマリーの発案)
 ナチスドイツより先に放射性元素ウランによる核分裂爆弾をアメリカがつくるというマンハッタン計画が採用されて、キュリー夫妻のラジウム発見から僅か30数年でアメリカはナチスがすでに敗北しているのにヒロシマ・ナガサキの人類の頭上に原爆投下。
 この恐るべき巨大な核エネルギー放出を目の当たりにした地球物理学者たちは、大陸移動の熱源の多くが地球誕生のときの残り熱よりも地球内部の放射性元素の崩壊熱ではないかと注目することになった。地球誕生のときの熱は宇宙にしだいに放散していくが、地球が冷えきって死の惑星にならないのは地球内部には数10億年~100億年という非常に長い半減期で崩壊熱が大きいK40、U238、U235、Th232という放射性元素があることに気がついたのである。さらに、これらの半減期から逆算し、隕石との比較放射性年代測定法で1960年ごろには地球は約45億5000万年前に誕生したに違いないと算出されることになった。
 こうしてウェーゲナーの大陸移動説の正しさが劇的に証明され(大西洋をはさむ両大陸の古地磁気の方向一致も大きな傍証になった)、地球内部の放射性物質の崩壊熱から絶えず供給される熱を主なエネルギー源としてのマントルの対流で茹で玉子のヒビの入った殻のような地殻プレートの上に乗っかる大陸が移動していること、いわゆるプレートテクトニクス理論の正しさも証明されることになった。これで巨大地震発生のメカニズムも明らかになったことはいうまでもない。まだほんの50年ちょっと前のことだ。
 (原爆のようにいっきょにではなく、ソロソロゆっくりと核分裂させる原発を1950年に原潜用に開発したアメリカは日米安保締結3年後の1963年にアメリカの技術で日本の原発建設を強要し今や日本列島に林立する原発は54基。
2011年のフクシマの原発事故はキュリー夫人のラジウム分離成功1911年の100年目の年にあたるが、フクシマの事故と廃炉作業の困難さは原発が今の人類にはまだ手に負えない未開発技術であり、核兵器は廃絶しかない悪魔の兵器であることを示しているのではないか・・。画像はHPから)

2017年4月18日火曜日

函館通信2-73・・・四月投句・・・仁兵衛


上野の花見写真楽しく拝見しました。全体に呆けた写真でしたが齢相応と言わざるを得ないでしょう。「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」とはよく言ったものだ。だからこそ来年も是非続けて下さい。

函館は五稜郭の花見に合わせた電灯と提灯の準備に掛かった所だ。新幹線が来る様になって函館まで足を伸ばす人も少しは増えた模様。但し海水温が高いためか?烏賊とホタテの水揚げがめっぽう悪い。困ったものだ。

体調の方は新たに筋トレを含むデイサービスに週一(3時間)で通う事にした。少しでも歩く力を付けたいと思っている。この冬で一気に歩行能力が下がったと感じているからだ。これで病院の週二のリハビリ(40分)と合わせ週三になってしまった。まあ仕方なかっぺ。

さて、今月の10句送ります。ご鑑賞下さい。

平成29年4月

1.雪形やふわりと軌道修正す  

2.雨やまぬ花を催促したままに

3.伝承の舞やサビタの花の中

4.山折りし谷折りくわヘ新学期

5.声変わり電話の向こう海のどか

6.春深し梃子の支点は偏りて

7.青き踏む昔駅舎改札口

8.鳥帰るかわたれ時に走る人

9.小手投げの涙法師や花だより

10.初蝶や抜けて歪みし地下空間

2017年4月17日月曜日

春がいく・・・・・・逸徳

こちらでは桜が散り、明日はへたをすると東京は夏日になるかもという。毎年、ゆっくりと花見をしていなかったので、今日の午後に近くの川の堤防の桜並木の下でひとり桜をゆっくり味わうこととした。カンチューハイとコロッケを買い、桜並木の下のベンチにすわって、何にも考えないでぼーっと空を見ている。なんにも考えないということは、感覚の受信チャンネルはすこしあけて、酒を飲んでいるだけの状態である。ひとどうりはほとんどないのでまあいいが、はたから見たら徘徊老人かなにかに見えたかもしれないなあ。
 さくらの花が散っているのだが、もう終わりがけなので目の前に2.3秒に一枚、チラリチラリと花びらが落ちていく。本当はサンサンと散る花吹雪が好きなのだがこういうのも悪くないなあ。
行く春を近江の人とおしみける、という芭蕉の句があったなあ。でもなんで春を惜しむというのだろう。春という祭典が終わるという事への寂しさであろうか。どうもよくわからない。おいらの感覚からすれば、爛漫と咲き誇っていた桜が、「よしもう俺は生き切った。これでいい」と潔く大地に戻っていくのだから、行く春は祝うべきではないか。でもこれだけでは特攻隊を賛美することにつながる。それはいやだなあ。
 しかしだ。ともあれ、花が散るという事は死の予感がある。燦々と降る花吹雪の中に身をおくと、確かに体内の何かが動くのである。命の共鳴という事だろうか。だが、それが華やかで輝いているようにみえるのは、来年の春の再生という希望をその向こうに持っているからだろう。死の向こうの生。
うーん・酒が回ってきた。ではまた。

2017年4月5日水曜日

やっと桜が・・・・逸徳

ニッセさん おひさしぶり。 元気なようで何よりですね。 おいらはPCをやらないので、ニッセさんの話があんまり理解できないんですが、こういうことをやっているなら、頭はボケませんな。

静岡は桜が満開直前です。7日は上野は満開かな。にぎやかでしょう。ぼくは、今小学生に科学体験をやらせる「科学少年団」というのをやっているんですが、今年はペットボトルロケットにカメラを載せたいと考え、7日ははやめにいって秋葉原で小型ビデオカメラを探そうと思っています。4年ほど前から、JAXAとコラボしていろんな実験をやっているのですが、今回のペットボトルロケットはJAXAが設計したもので、軽く100mは飛びます。先端に50g程度の油粘土を重りでいれるのですが、これをプラスチック爆薬にでもしたら、立派な迫撃砲になるなあと考えたら、とっくに警察は知っていて、このロケットの発射装置は簡単には売ってくれません。でもまあ、高度50m程度まであがっての映像がとれれば、子供たちには面白いと思います。

老化防止のポイントは「食事」と「運動」と「社会参加」といいますが、最近運動もあまりやらなくなりました。とにかく外に出ると、花粉症がひどく、目がかゆくてやっていれません。「社会参加」ですが、どうも最近は話の合う人との会話が主になって、話の合わない人、主義主張の違う人との間でも適切な間合いをとって話を進めていくのが、しんどくなってきました。要するに、ひとの機嫌をうかがうのが面倒臭い。年ですなあ。

2017年3月27日月曜日

近況と、大幅変更PCのwindows10認証・・・ニッセ

久々にブログを見ました。
ここを訪問したら足跡を残すようにと記載されていました。

俳句には疎遠でしたが、木曜日19時から俳句の才能バトル番組が有り、
講師の方が面白いので見ています。心象が映像として浮かび上がって
くるような工夫、無駄な言葉の排除をと先生は言っており、
それを頭に、詠むのではなく鑑賞の参考していますが、難しいですね。
言葉の連想、日頃の五感の能力不足に感じ入っています。

私の近況ですが、日曜大工で家の補強と断熱工事、そしてテニスと卓球とインディカをローテーションで日々過ごしています。体力が1/3になり、三日で1日分、つまり1年が120日程度になり、季節の移り変わりの早いこと。

最近、4年半前に自作の高性能PC(標準タイプはメーカ品を買った方が安い)が壊れ、マザーボードを交換する羽目になりました。該当マザーボードはすでに販売されていなく、代用品を探しましたが、使い続けたいCPUをはめるソケット番号は変わり、メモリも3から4へと規格が変わっていて、結局Yahooオークションの中古品で、1万円以下の代用品を見つけて落札。

送金先口座を見ると、日本人名でないカタカナで、送料は2200円(高いと言ったら海外から配達の返事)大丈夫かなと思いましたが、1週間後には中国から1.1kgの国際郵便が届きました。シリコングリスをCPUソケットに塗って取り付け、スイッチon。
BIOSメニューが表示され一安心。

windows10を、windows7等から無償期間中にアップグレードしたPCは、たとえHDが壊れて入れ替えても、microsoftサイトからダウンロードの無償のwindows10の再インストールで自動認証されると記載されています。
プロダクトキーが無くなり、代わりに該当PCの情報がmicrosoftのクラウドコンピュターに入っており、それで判別されています。

マザーボードとフラッシュメモリータイプのHDが入れ替わったPCではどうでしょうか。
しっかりとライセンス認証されていました。
(大幅の変更にはmicrosoftアカウントで可能になってきたようですが、私はモバイル機器との資料共有は必要ないので、そのアカウントは持っていません。)

ついでに。 
今回のオークション参加でYahoo! JAPAN IDとYahoo!!ウォレットを登録しましたが、これで郵便局のクリックポスト(寸法34×24×厚さ3cm、重さ1㎏以内で、料金164円)が使えます。ホワイトデーのお返しには、これを利用しました。

2017年3月21日火曜日

函館通信2‐72・・・御礼・・・仁兵衛

ご購読有難う御座いました。今後ともずずいーっとお引き立て宜しくお願い致します。
それでは御指摘の点につき若干の補足を加えさせて頂きます。

1.近じか札幌にサーカスの興業が掛かります。北海道の冬が終わって楽しめそうなのがこの興業、しかし北海道は広い札幌まで出るには金と時間が掛かり過ぎる。
2.先日この左手のピアニスト・舘野泉のコンサートを聞きに行って上手いとは思わなかったが何か新しいピアノ曲が聞こえて来た様に思えた。後は北窓開くという季語にその気持ちを載せただけ。
3.100年経った雛人形、見つめる波頭は何時迄も変わっていない。
4.昭和の時代大量生産をしてなんでもポイと捨ててたのは我々だ。
6.ヨットを見送るのもいいが今は豪華客船で日本一周する人を送るのは如何。
8.ずばりお見通し。苦し紛れとは正にこの事。
9.何も今年の春分の日ばかりを考えないで。

以上余分な所まで書き過ぎた。「俳句」は、理屈ではない、作る人と読む人とのズレがあって当たり前と思いながら続く限り進めましょう。

  

2017年3月20日月曜日

ありがとさん・・・・逸徳

仁ちゃん ありがとさん。こういうのがいい。 ほかの人でも、もしここにきたらひとこと足跡を残していってほしいね。 散歩の犬がションベンするみたいのでいいから。

さて、春分の日である。近くの公園の早咲きノソメイヨシノが開いてきた。静岡は、カワズザクラが早咲きで有名のようだが、あの花はどうもいけない。安っぽい舞台装置みたいで、いただけない。花はやっぱりソメイヨシノ。それも散り際がいい。さんさんと降る桜吹雪の間を、春の光を浴びながらあるいていくのが一番好きである。命が共鳴するという感じなのである。

年とると、「キョウヨウ」と「キョウイク」(今日用がある、と今日行くところがある、という意味らしい)が大事だというが、なんだかんだと用を抱え込み、昨日は一日子供たちの科学教室につきあい、今日は地元の福祉対策としてはじめた「時間通貨」利用者の会をやる。ボランテイアがそばを打ってくれるという。で、終わると今度みんなで開設する「市民農園」の開設準備で、畑をたがやしにいってくる。くたびれる。あしの関節が痛いが、朝ぶろに入ると魔法のように消える。血行がよくなるからだろう。まあ自分でもよくやるなあと思っている。だれもほめてくれないので、自分でほめる。

仁ちゃん、介護1か。 大変だなあ。 いやそういうのは変かな。人はみんな老いていくのだが、ただその対老化戦略がひとによって違うのだろう。また、デイサービスの話を聞かせてくれ。そこで人間観察をしていると何が見えてくるのかなあ。 興味津々

で俳句である。 今回は駆け足で
1.      冬の底抜けて井戸からじんた涌く・・・冬の底が抜けるという表現が面白い。底ということばからどういうわけか井戸を覗き込む場面を想像した。で「じんた」がいい。これわかる人も少なくなったなあ。 だからきっとこの井戸はこんこんとわき水がわいているにちがいない。春を予感させる。
2.      北窓開く左手のピアニスト・・・・うーん、光景としてはわかるが、その裏の感情の流れがつかめない。北窓と、左手がカギだと思うが
3.      ひいな白寿過ぎみつめる波頭・・・ひいなはお雛様、白寿は99歳、すぎるから百歳か。ややよくわからん。白寿を過ぎたのはおひなさまか、作者か。 解説希望 
4. 陽炎や昭和がポイと捨ててあり・・・すてられてたまるかと思うが、すべてを許して温かい目でみるという気分も最近はあるのだ。昭和はやさしいぞ。
5. もう八十まだ八十よと春朧・・・そうそう、春の波のように意識はいきつもどりつ、そして今のうちに自分もおぼろになる。老いもいいじゃん。やや、楽しみだ。
6. 潮風の潮ぬけて行く春埠頭・・・温かい春の海風に身をさらして埠頭に立つ。潮風は、未知の予感。いいなあ。ついでに真っ白な帆をあげてヨットが一隻船出していくのを見送りたい。
7. 館内はラリーの応酬水の春 ・・・春は水からくるのか。水にかかわる作品が多い。ラリーの応酬。命のリズム。これはやっぱり春だなあ。
8. 十七文字三十一文字や春の色 ・・・いろいろと春を歌おうと作者が苦吟しているのかな。
9. 震度3春分の日の市電乗る・・・ちとまて、春分の日は今日だぞ。

10. 天空にV字の舞や雪の庭 ・・・スキーのジャンプだな。あの高梨さんか。きれいになったなあ。そっちにみとれる。  

   というわけで、また。今からそばの会の準備にいってくる。

2017年3月17日金曜日

函館通信2-71・・・さみしさⅡ・・・仁兵衛

このブログが余りにも寂しいので投稿を止そうと思ったが逸徳さんに泣かれてしまった。
世の中渾沌として面白く、自分の頭がその中に翻弄されそんな纏まらない自分を俳句を作って楽しむ なんと安上がりで健康的ではないか。逸徳さんありがとよ。

本来の体調は決して良くない。パーキンソンからの歩行能力が2月にインフルや風邪を患ったためか1ランク落ちた気がする。要介護1にも認定された。対抗策として4月から運動機能向上を目的としたデイサービスに行く事にした。

上野の桜は懐かしさが先に来る。後は花のトンネルのゴミ捨て場近くに座り込んで気炎を上げている人の傍らにひっそりと咲く著莪の花が印象に残っている。
伝統あるホロホロ会上野会議のご盛況をお祈り致します。

平成29年3月

1.      冬の底抜けて井戸からじんた涌く

2.      北窓開く左手のピアニスト

3.      ひいな白寿過ぎみつめる波頭

4. 陽炎や昭和がポイと捨ててあり

5. もう八十まだ八十よと春朧

6. 潮風の潮ぬけて行く春埠頭

7. 館内はラリーの応酬水の春          

8. 十七文字三十一文字や春の色         

9. 震度3春分の日の市電乗る

10. 天空にV字の舞や雪の庭           

2017年2月22日水曜日

ちょいとまて・・・・逸徳

おいおいおいのおい  なにいうんだよ。おいらも毎日ブログはのぞいてだれもこないなあと思っていたのに、だからといって見捨てるなよ。 体調が悪く、作句をやめるというならしょうがないけどさ、ブログに出てこないなんてさみしいことはいわないで。

 最近、過去の事を考える。不幸な子供時代を送ったのかと、自嘲的に考えているが、小中高の時代の友人に会いたいという気持ちがなかなかわいてこないのだ。 同じ時代をともに生きてきたという感覚がわかない。したがって、付き合いも儀礼的になってしまう。 だが、大学時代は違うのです。前にいった「後天的個体発生の場」ということで、本当に大きな影響を受けた。みんなかがやいていて、おいらより10メートルぐらい先を歩いているといった感じ。(100メートル先といわないところが、変なプライドがある。) で、あれから半世紀過ぎた。だが生きていくということを霧の中を歩いていくというイメージでたとえると、みんな声をかければすぐ返事がありそうな、近い心理的な距離にいるといった感じなのだ。したがって、たとえば仁ちゃんの顔がみたいと発作的に考えて、飛行機に飛び乗り函館に行くということは、心理的距離として、隣の掛川市に行くぐらいの感じである。

したがって、いっしょに年を重ねていこう。だから、今朝の飯がうまかったとか、隣の三毛が子を産んだといった、どうでもいいような日常雑感を時々はよせてくれ。霧は深いが、距離は近い。そんなのがいいなあ。これからも出てきて頂戴

で、俳句である。ちゃんと読んでいるのである。
.津軽三味烈しく競ひ春三日月  津軽三味線は、前に褌子氏と津軽で聞いた。しかし、「激しく競い」という表現は、たとえば沖縄の三線にはにあわない。北国の厳しさと南国の陽性の調べの対極的な違いだなあ。津軽三味線と、沖縄の三線。あれ両方とも楽器ではなくて、第二の肉声ではないかなあ。ぴったりとその人の心と体にはりついて呼吸するようにかなでられる。のどでうたうように、楽器で奏でるのだ。したがって音痴が弾く三味線はやっぱり音痴ではないか。ふとそう思った。         
2.縄跳びや出る子入る子春一番  そうそう、そしてその縄跳びの向こうには富士が似合う。このごろ静岡はずっと晴れ。河津桜が満開です。今の富士をみんなにみせたい。       


3.重文の懸魚を濡らす春の雨  あの禅寺にかかっているいつもひっぱたかれている木製の魚だなあ。しんとした堂内響きわたる音。背筋をのばすと、外は雨。万物を包んで春がくる。
 
4.謗られて嫌われつづけ雪の果て・・・・・果てがいい
5.せり上がりせり上がりして寒明け・・・・せり上がりがいいが、繰り返すか否か。二段目のせりあがりしてがのびあがりになったらどうなるか
7.日本海春おほゆきの重さかな  
     ここまでの3句 全部雪の話 全然雪の降らない静岡人としては発言権はあるのかなと迷いつつ。で、鈴木牧之の「北越雪譜」を思い出した。岩波文庫にあるかも。ご存じなくば、ご一読を勧めます。うーん、雪に甘っちょろいロマンなんかふっとぶなあ    
               
6.奥底にまろみ眠らせ余寒かな まろみはもろみの意かな。寒さの底で化学変化がゆっくりと進んで、うまい酒ができるかな。そうなのだ、どんなにさむくたって、その底で命はいきづいているのだ。

8.山路きて破れ社や藪椿 山路来て何やらゆかしすみれ草は芭蕉だったかなあ。おいら はこの句の「何やらゆかし」が気に入らない。なんとなく気取っているよなという感じ。この仁ちゃんの句の「破れ社や藪椿」の方がいい。一幅の俳画の世界。しかし、こういう光景は北海道にはないだろうなあ。 特選
 
9.春菊のかき揚げ苦味にこだはりて 食い物にこだわらなくなると人間はだめになるというのがおいらの確信。独身の男が不精髭をそのままにして鍋から直接インスタントラーメンを食っている光景などが一番いけない。 しかしこの句は春菊の苦味というシグナルをちゃんと受け止めようとする。そうだよ、そうしないと春菊に悪い 

10.スマッシュを決めた雄たけび春一瞬  錦織選手かな。 一瞬の爆発に雄たけびをあげる。うーん、そういう地点から遠く来てしまった。逆にわが身の老いを感じる一句。


というわけで、今回も楽しかった。 こちら今日も富士がきれい。ではまたね。

2017年2月21日火曜日

函館通信2-60・・・寂しさ・・・仁兵衛

「今はまだ冬誰もいないブログ・・・そっと一人で書き込みすれば・・・寂しさの為涙ほろほろ流れ来る」
 この曲を聞きながら仁兵衛一人寂しく立ち去りぬ。

 投句するのも今月限りよりによっていインフルエンザに頭をやられ丁度頃合いだろう。長きに渡り管理して来た諸兄に御礼申し上げます。

平成29年2月

1.津軽三味烈しく競ひ春三日月             

2.縄跳びや出る子入る子春一番             

3.重文の懸魚を濡らす春の雨

4.謗られて嫌われつづけ雪の果

5.せり上がりせり上がりして寒明けぬ            

6.奥底にまろみ眠らせ余寒かな

7.日本海春おほゆきの重さかな                   

8.山路きて破れ社や藪椿

9.春菊のかき揚げ苦味にこだはりて             

10.スマッシュを決めた雄たけび春一瞬

                

2017年1月27日金曜日

函館通信2-69・・・自解・・・仁兵衛

「楪」はご存知の方もいらっしゃるでしょうが 新しい葉が生長してから古い葉が譲って落ちるという性質を持った常緑樹の一種で本州の山地で20m位までになる様です。この葉を新年の飾り物に用いるので一種の縁起物の木です。

いわきの工場で工場長が交替するに当たって前工場長が常陸の山中から10m位の楪を見つけて工場敷地に記念樹として植えて引き継いで行ったのを思い出しました。

 こんな事と拉麺屋の湯切りの技の継承とを掛けた様な句になった次第。即ち逸徳さんの解説はほぼ満点に近いものと云えます。
 「楪」には霊力でも宿っているかもしれませんな。しかし、山の中でこの木を見つけるのは素人にはなかなか難しい様です。

あと5番の句に似たような句が以前あった件確かにあったと思うんですが何時頃あったか忘れてしまった。ご指摘有難う。一種の呆けの始まりでしょう。
 
それでは又来月も宜しくご評価お願いいたします。
 
 

2017年1月25日水曜日

仁ちゃん句鑑賞・・・・逸徳

おはようございます。ここ数日の静岡はばかに寒い。裏日本でドサンと雪を落として乾ききった空気がはだをさすようにふきつける。骨まで寒い。ついでにふところも寒い。熱燗が恋しく昼間っから飲みたくなる。
さて仁ちゃん句鑑賞。これはもう独特の世界だな。で、明らかに北の句だと思った。かけ足で感想を。

1.楪や湯切りの技は奥の奥・・・ごめん、楪が最初は読めなかった。ゆずりはだな。すぐ河合酔名の「ゆずりは」の詩を思い出した。これは命の連続をテーマにしていると思うのだが、さてこの句、「奥の奥」が分からない。どっかのラーメン屋で湯切りをしている無口なお師匠を、若い弟子が見ている、湯切りの技はまだまだ奥が深いぞ、そう簡単には習得できんと、背中で教えているお師匠・・・という光景を想像してみたが、これわからん。解説希望。
2.捨てられし昭和が並ぶ寒の市・・・・出店に並ぶ古道具。うん、好きな光景。つい掘り出し物をさがしたくなる。でも古道具の向こうに並んでいるのは「昭和」なんだ。なんだかさみしい。でも存在感がある。売れようが売れまいがそんなことはどうでもええ。おれはおれなんだ、と古い道具たちが語る。
3.棟方の板木の深さ日脚伸ぶ・・・・ああ、いいところに目をつけたなあ。深さというのがいい。エネルギーを感じる。
4.恋多し昂る声や大白鳥 ・・・恋は多いんだ。昂ぶる声か。そのようにして命のうたをうたうのだな。その命は波紋のように広がって見ている人間をすこし元気にさせてくれる。
5.特急を先に行かせて福寿草・・・前にローカル線のプラットホームかな、タンポポが咲いているのを詠んだ、似たような仁ちゃん句がなかったかなあ。特急がいい。似たような状況は、星の王子さまにもあった。みんな急いでどこへいくのかなあ。
6.寒月や炯炯として闇穿つ・・・寒月の光。炯炯としてに感動。するどく厳しい世界。孤独な宇宙との対話。月を闇にあけられたあなと見たのかな。 穴のむこうに何があるのか。 特選
7.骨太の二十歳の誓ひ雪しまき・・・いいなあ。けなげ。雪しまきがこれからの時代の困難さを思わせる。でもな。おいらはあなたたちの味方でありたい。うーんこれも特選
8.珈琲を夫入れくれて冬灯・・・・冬灯か。ランプだなあ。なんか笠智衆の世界だ。
9.大寒や渾沌醸すツイッター・・・海の向こうのあのおじさん、なんであんなに泥水みたいなんだろ。アメリカの崩壊のはじまりか。 
10.歓声は橇チューブの曲り角・・・・橇チューブが分かる人はあんまりいない。静岡人はおそらく知らない。でも、いい光景だ。ぐいっと橇チューブが曲がった途端にあがる歓声。すごく素直な句だ。
                             以上おそまつ    

 

2017年1月23日月曜日

函館通信2-68・・・新年・・・仁兵衛

 もう1月も20日を過ぎてしまった。ここの所寒い日が続いているが皆さん達者でお過ごしですか。鈴木君の追悼会もしめやかに行われた様ですがお互いに健康だけは十二分に気を使ってゆきましょうや。
 とはいうものの自分に戻れば、この診察券の多さよ!そして予定表の中の医者に行く日の多さよ!これでは人類滅亡まで生きていてこの目でそれを確かめられそうにないなと一人嘆いている。

 そんな気持ちで新年を迎え1月の十句無理矢理作り送ります。宜しくご鑑賞のうえご批評頂ければ幸いです。


1.楪や湯切りの技は奥の奥

2.捨てられし昭和が並ぶ寒の市

3.棟方の板木の深さ日脚伸ぶ

4.恋多し昂る声や大白鳥 

5.特急を先に行かせて福寿草

6.寒月や炯炯として闇穿つ

7.骨太の二十歳の誓ひ雪しまき

8.珈琲を夫入れくれて冬灯

9.大寒や渾沌醸すツイッター
 
10.歓声は橇チューブの曲り角     

 

2017年1月20日金曜日

ぴっくらこいた(静岡弁・・・びっくりした)・・・・逸徳

今、おいらの街は市長と市会議員の選挙で、にぎやかである。どの選挙もおんなじだが、市内を選挙カーが走り回り、候補者の名前を連呼している。これが正直いってやかましい。これでは逆効果で、あんなにうるさいのは絶対入れてやらないと反感を買うのではないかと他人事ながら心配になった。なんでいったい、自分の政策をやらないのだろう、その方が効果的じゃないかと思っていたら、つい最近その理由を知って、こしがぬけるほどびっくりした。
何と、公職選挙法にそういう規定があるのだ。「選挙カーでは選挙運動ができない。(これまた不思議な表現だ) 唯一の例外が連呼である。」
そうすると、候補者は連呼しかない。政策を訴えたかったら、車を止めて街頭演説しかないのである。 なんで、こんな不思議な条項が残っているのだろう。 選挙民を馬鹿にしていないか。これを改正しない政治家も政治家である。あきれはてた。

2017年1月15日日曜日

理学部だなあ・・・・・逸徳

自分が理系の大学に進んだのは、それなりに成育歴の影響があるのだろう。おいらが小2のころかな。鉄腕アトムの連載がスタートした。 で、小4くらいのころ、ノートにレーダーの設計図を描いたのをおぼえている。レーダーといっても、発信は火花放電で、受信は豆電球がつくというかんがえで、しかしながらよく描いたなあと思うのだが、はっきりおぼえているのはパラポラアンテナである。アトム漫画の影響ではないかな。そのころホントに物資のない時代だったが、まんがに実験室が出てきてそこにかならず登場したのが試験管である。昭和20年代だから、身の回りに試験管なんてない。エジソンの伝記なんか読まされて、これからは科学だ!というムードがいっぱいだったので、この試験管がほしくてしょうがない。ままごとの小道具なのだ。そこで偶然みつけたのが、富山の薬売りが我が家においていった、常備薬セットの中の胃薬である。これが、黒い丸薬で直径1センチもないガラス管にはいっていた。この形がミニの試験管なのだ。そこで、よろこんだおいらは薬箱からこの薬のセットを盗み出し、なかの薬は捨てて小さい試験管セットをつくった。それで何をやったのかの記憶はない。ただ母親におこられたのはおぼえている。
 中学のころ、ペンシルロケットが飛んだ。日本中の科学少年が夢中になった。でおいらは、小型のブリキの筒に、前はふたをして後ろは円錐形のノズルをつけたものの設計図を書いて、近くのブリキ屋にたのんだ。ブリキ屋のおやじは、なんだかわからず「あぶないものじゃないだろうねえ」と念をおされたが何とかごまかして、つくってもらった。だがその後の記憶がない。黒色火薬をつめてロケットにするつもりだったと思うが、それをやった記憶があいまいなのだ。

で、科学少年となり、高校では当然のように化学部にはいり、一応水質検査で県の賞をとったりして、北大に入った。だが、入るとすぐ、サークルでさまざまの思想的洗礼をうけ、ころっと理系であるということがどっかにふっとんでしまう。中川さんのセリフだったかなあと思うが(正しくは忘れた)「大学とは後天的個体発生の場である」という言葉がまさにその通りになった。

で、理学部だ。思想的に影響を受けているなあという科目がある。ひとつは量子力学。といっても本人はほとんどわかっていないのだが、カッコウいいので一応そう言い続けている。だれの講義だったか忘れたが、ついでに内容の記憶もあいまいなのだが、確か水素原子の波動関数の話ではないかと思う。突然衝撃のようにひらめいたことがある。この時の印象はよくおぼえているのだ。(というと相当かっこういい)  それは「あれっ、これじゃあ神様なんていないじゃん」ということだったと思う。かのラプラスが「天体力学」を書いて、ナポレオンに献上したとき、ナポレオンが「これでは神はどこにいるのか」と問うたのに対して「陛下、余はかかる仮説を必要としません」と答えたというエピソードがすごくよくわかった気がした。

したがって、話は突然飛ぶが、人間は必ず死ぬのである。それは自然科学からすれば、自明の結論であって、したがって理系少年の生き残りとしては、きわめて当然。そこには感情のはいる余地がない。したがって怖いとかなんとかというキモチは、何度シュミレーションしてもまったくわいてこない。これ、理系少年としては、石が下に落ちるような当たり前の事である。

もうひとつ影響を受けたといえるのが熱力学だ。例のエントロピーは必ず増大するという第二法則。あれ、人は必ず死ぬといっていることと同じだろう。人間というひとつのシステムがのエントロピーが増大し、システムとしての統一性が保たれなくなったとき、それが死である、とおもっている。つまりここでも死は証明されている。したがって一生懸命老化現象をごまかすためにお化粧なんかやっている女房を見ると「おいおい、熱力学にさからっても無理だぜ」と心の中でつぶやくが、口には出さない。出したら殺されるから。

で、じゃあなんで死ぬことがこんなに問題になるかというと、誰も死の先がわからないし、死ぬ瞬間がわからんからだろう。誰も死んでみた人はいない。知らんことは怖い。そこでこの怖さをごまかすために、人類は壮大な虚構を組み立てた。それがあの世というイメージであり、宗教という舞台装置である。こんなことよくまあやるよなあという、微にいり細にわたるしかけだ。だから信じる人は信じればいいし、信じたら最後まで責任を持ってキチンとだまし通してほしい。最後の最後になって、ごめん、やっぱりあの世も神様もなかった、なんて謝られたらこれは最悪で、つまりは壮大な詐欺だからね。

しかし知らないことは怖い。でも、ナマコがどんな味か誰も知らなかったのに、勇気のあるやつがはじめて食べてその味を伝えた。おいらたちはナマコをくったことのない未開人に過ぎないのだろう。
そしていくら待っても、ナマコの味のレポートは永遠に来ない。そんなところではないかな。
誰かナマコのレポートを知らせてくれ。



2017年1月12日木曜日

変だなあ その2・・・・逸徳

泣かなくなった。まあ、「見るべきほどのものは見つ」という年になると、だいたいの出来事の起承転結は見えてしまうので、まあそんなこともあるという気分になって泣けないのだろう。ところがだ。
どうでもないことに涙が勝手に出てくる。先日はテレビの「はじめてのおつかい」を見て、涙が出て困った。また、最近ある人のネットサイトを調べていたら、安保法制反対の国会前デモの中で、自由のもり学園の高校生たちが自然発生的に、つまり指揮者がいない状態で「ケサラ」の大合唱をして、それが周囲を巻き込んでいく光景がyoutubeでながれていた。これを見て泣けた。これはどういうことかなあと考えていたら、あることに気が付いた。つまり、こどもやわかものがけなげに行動するのに弱いのである。こっちは年がらで、彼らの前にこれから広がる人生の山坂をイメージしてしまうのだが、その前でけなげであることに参ってしまうのだなあ。
  ケサラの歌詞 1番だけ
抑えきれない怒り、こらえきれない悲しみ  そんなことのくりかえしだけど 決して負けはしないさ。 ケサラケサラケサラ  僕たちの人生は平和と自由求めて 生きていけばいいのさ・・・
  
うーんまた泣けて来た。

2017年1月11日水曜日

困ったなあ・・・・・・逸徳

なんか調子が変だ。 たとえば、古いともだちと会うとする。近況についてお互いに話題にする。これはごく普通。 ところがである。 ホントのことをいうと相手の話題に昔ほど波長をあわせられない。というよりも、あわせることにくたびれる。つまりは、相手のことに昔ほど関心がもてないのである。 警察につかまるようなことをしていないかどうか、命にかかわる病気はないか、これぐらいの話をすると、その先に話が進まない。いったいこれはなんだろうかねえ。変な話だが、というよりも相当変なことはわかっているつもりなんだが、ほんとは、こういう話しか残っていない。
ーねえ、結局はどうやって死ぬの??   ー あの世はあるのかねえ?? - ねえねえ宗教は信じるかい?? - 延命措置は希望する??
こういうことを書いたらきらわれるかなあ。でも、そういうことなんだよ今の心境は。

2017年1月9日月曜日

新年になった・・・・逸徳

年があけた。おいらの家は喪中なので、賀状は欠礼したが、それは一種の社会的妥協であって、自由人を標ぼうしたいおいらとしては、それはどうでもいい。それより今年で75になることの方が問題である。後期高齢者だぜ、おいおい。日本老年学会が高齢者の定義を変えようという提言を発表した。みんな昔より10年ちかく若くなっているらしい。問題は能である。こういう小話がある。フランスのものらしい。 ・・・詩人とは何かということが、学者の間で論争になった。フランス人はこういうこむつかしいことを議論するのが好きらしい。で結局こういう定義でおりあったらしい。「詩人とはどんな存在か??・・・・・自分で自分のことを詩人であると名乗ったやつが詩人である。・・・・なるほど」
 で、この小話を流用すると、老人とはなにか??・・・・自分で自分を老人であると定義したやつが老人だ・・・・これでいこう。
 とにかく視力がおち、あっちこっち痛くなるのはこれはもう風邪を引いたようなもんである。気持ちなんだ、問題は・・・・ということで、若い女子高生あたりと不倫でもしようと思ったら、だれも相手にしてくれなかった。
    冬富士の 一糸まとわず いろめけり・・・・・・・・・・・・なんちゃって

2017年1月3日火曜日

 女は、たとえ男がどんな悪者であったとしても一度愛してしまったら、愛する男の命を奪ったやつは許さないのだ。そいつが、男の無二の親友だったとしても。
・・・
 売れないアメリカ人作家マーチンスは旧友ハリーからの仕事の誘いで英米ソ仏四カ国軍の管理する戦後のウイーンを訪ねるが、ハリーが事故死したときいて驚く。
 ところが、偽ペニシリンを売りさばいておおぜいの子どもたちを犠牲にして逃走しているマフィアが死んだはずのハリーかもしれないと英軍少佐から聞かされて、信じられないマーチンスはハリーへの友情から事件の真犯人である「第三の男」を捜し出そうと決意してハリーの恋人アンナに会う。
 観覧車のなかで薄笑いを浮かべ、生きていたハリーこそ「第三の男」だった。マーチンスは逃げたハリーを追う。そしてウイーンの地下水道に追い詰められたハリーはついに旧友の銃弾に倒れるのだ。
 『第三の男』のラストシーン。
 ハリーを埋葬後、落ち葉が舞う晩秋の墓地の並木道を恋人を失ったアンナが歩いていく。マーチンスはアンナにあやまり、慰めようと未練もあって路傍で待つが、彼女は一瞥もせず彼の前を歩み去って行く。少佐の運転するジープで追いかけて「乗っていかないか」と誘っても知らん顔、フン何よ!
・・・
 アントン・カラスのチターに胸かきむしられ青春の日にみた『第三の男』であった。(キャロル・リード監督1949年 原作はグレアム・グリーン)

シェーンカムバック    西沢昭裕

女は強い男にあこがれ、甘えたいのだ。男は西部劇のように女にからむ悪漢をやっつけるのだ。ましては飲み代割り勘とは情けない・・・と、いまどき珍しいFB投稿した男性がいて賛否のコメントが殺到している。
 40年近くもむかしのこと、妻の実家に車で帰るときに大阪南港の高知行きフェリー乗り場で夜遅く食堂に入った。カツ丼を注文してビールを飲んでいたら泥酔した男にからまれた。酔漢は妻の隣に座って私のビールのコップを飲み干すほどの御乱行である。男は常連客らしくママさんがとめにきたが男は立ち上がらない。平和主義者で腕っ節にまるで自信がない私は、まだ箸をつけてもいない目の前のカツ丼に目がくらんで代金だけ払って店を出る潔さがない。
 するとカウンターでビールを飲んで出航待ちをしていたトラックの運転手がいきなり悪漢のえり首をつかんで店の外に引きづり出してしまった。あっというま。
またカウンターにもどって何事もなかったようにビールを飲み出した若い角刈りの運輸労働者。妻の目は何かをいいたそうだったが、私は黙々とカツ丼を食べた。

『砂の器』    西沢昭裕



 松本清張作品は七百以上もあるというが代表作は『砂の器』(1960年)かもしれない。
 野村芳太郎監督『砂の器』(1974年)を早朝映画館で観た。
 原作は20年くらい間をはさんで二回読んだことがあり、あらすじは知っていても加藤剛や緒形拳など俳優がみな若くて映像化された旧い作品は原作とまたちがう味わいがある。美しい山村風景がでてきて、あの村々は撮影時から40年以上たって過疎で今はどうなっているかと思った。
 「カメダのほうは・・」と犯人らしき男と被害者が東北訛りで話しているのをトリスバーでホステスが耳にしただけというのがたった一つの手がかり。秋田の亀田に飛んだ刑事も無駄足をふむ。ところが山陰の奥出雲に語尾が消える東北弁みたいな発音するところがあるとききこんだ刑事がここに亀嵩(かめだか)という地名を発見するのである。(こういうところが清張作品の醍醐味)
 そして石川県の集落から男の子を連れてハンセン氏病の父親が追われるように山陰へと旅に出て行ったまま帰ってこなかったという事実をつきとめる・・。
 映画の最後の字幕に、業病だと誤解されてきた「ハンセン氏病は、医学の進歩により特効薬もあり現在では完全に回復し社会復帰が続いている。それを拒むものはまだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみであり、本浦千代吉のような患者はもうどこにもいない」とでるが、これは全国ハンセン病療養所入所者協議会の映画会社松竹への強い申し入れによるものだということも知った。5回もテレビドラマになったのだそうだが観た記憶がない。
 以下、余談になるが、
執念で犯人をつきとめる丹波哲郎と新米刑事の森田健作がいいコンビを演じている。しかし、丹波は大霊界とか妙なものを晩年はじめたし、森田は日本会議に入って千葉県の右翼知事になってしまった。

投稿です    西沢昭裕

鈴木君が亡くなってさみしいかぎり。上野通い路で思い出話に花を咲かせたい。彼が延岡の合唱団で活躍している映画ができたからというので、私は東京の中野まで雪のなか観に行ったことがある。うちに泊まってくれて白浜での五本さんを忍ぶ会に参加した。あのとき国兼さんも書いているとおり「千の風」を歌ったね。小倉さんは「蝶の髪飾り」をうたった。そういえば札幌の里塚墓園で五本さんの墓前でも何か歌った記憶があるぞ。あのとき河野君が複刻酒をもってきてくれた。
山内さんの投稿に共感した。ことしの年頭所感を書きたいがトラウマがあるので書かない。
先日、野村芳太郎監督の『砂の器』を1000円の早朝映画館で観たので、その感想を投稿する。

2017年1月2日月曜日

仁句鑑賞・・・・逸徳


ひさしぶりにじっくり読んだ 印象にのこったものを。


1、けさのゆきひらがなのごとふりつもる・・・なぜこういう風に全部ひらがなにするとやわらかい感じになるんだろう。おいらも、漢字を使えるところをわざとひらがなで通したりする。いつも思うのだが、言葉はその人の全存在を反映しているのではないか。まるで自然に息をしているように、人は言葉を吐き出す。そこで、句読点一個を打つか打たないかということや、ひらがなを漢字にすることなどは、作者にことわりなくやることなんか、なんだかその人の人格をいじくっているようで、いやである。そういうことに鈍感な人間もいやである。ひらがなでとおしたということだけで、特選
3.ぶくぶくと雪の中行く万歩計・・・雪の中を歩くのをぶくぶくといったのは秀逸。これ雪国の生活を知らんと分らんかも。でもへやにとじこもらないで万歩計つけて歩くんだな。いいねえ。
4.銭湯の珈琲牛乳雪の窓・・・わかる。で風呂から帰る途中でタオルががちがちになるんだ。懐かしい。
5.昨晩よりの雪にて音の消へにけり・・・・世界が突然静かになり、雪にいだかれていることに気が付く。これも北国の暮らしを体験したものには懐かしい。で、どういうわけか内省的になって、哲学書なんかひっぱりだしたりする。
  思い出した 拙作もひとつ   「雪宿の おかみの語る ヘッセかな」
  富良野にいい隠れ宿がある。10年以上前の真冬に行ったときの作
 
7.雪溶かす友の三線弾き語り・・・いいなあ。おいらも三線を覚えたいと思っているんだが、公害だと女房に禁じられた。弾き語りはなんだろう。江戸風流かな

8.大雪に見舞われ本音聞かれずに・・・鈴木君を思い出す。本音を聞かれずわかれたのはだれだろう。想像力が刺激される。

しかし、雪というのはどうして女性を連想させるのだろうかね。「真夜中の 倶知安駅に下りゆきし女の鬢の古き傷痕」 うーん、雪女郎といい、雪にはじっと耐えている美女を連想させるものがある。決してキャンキャンしたギャルではないのだ。

10.早過ぎた初雪はねるササラかな・・・そうそうササラ電車。札幌は大雪だとか。学生のころ大雪で、電車もとまり南21条から歩いて北大までいったら休講だったのを思い出した。

仁ちゃん句のスキなのは、むつかしい季語が出てこないのがいい。季語辞典を横において読む句というのは、おいらは苦手だ。スキになれない。季語という暗号に頼らない句作のほうが、よっぽどむつかしいと思うのだが。このへん、師匠の違憲も聞きたいものだ。

静岡は、まったく雪なし。雲もない。ガラス戸ごしに日の光を浴びていると暑くなる。ぼおっとしてみんな半分寝ぼけている新年である。では、今年もよいお年を。

2017年1月1日日曜日

鈴木洋司君を悼む・・・国兼

   何年か前に河野さんの追悼文を本ブログに書いたが、この21日に下血で入院していた病院へ西沢さんから「鈴木さんが亡くなった」という電話をもらった。驚いたが、そういえば彼のホロホロ会ブログへの川柳の投稿以来、投稿が途絶えていたことを思い出した。

  今日(元旦)、テレビで実業団駅伝大会を見ていた所、旭化成が優勝した。思い出すのは、2年前の2014年のホロホロ秋の旅行先は九州を計画した。勿論、その計画の大きな目的の一つは鈴木さんに会うことと、延岡周辺の見どころを計画してもらうことであった。彼の計画の中には旭化成の陸上部の成果見学コースが含まれていた(おそらくこの実業団駅伝大会での赫々たる実績を始めマラソンの宗兄弟や靴が脱げてずっこけたという谷口選手らの)。台風のために旅の直前で飛行機が飛ばず断念してしまった。彼の逝去を知り今更ながらあの台風が・・・と思う。

  思えば彼は私のいた滝川の隣の砂川の南高出身で、高分子の学生時代に時折名前を呼ばずに「おい砂川南の・・」というと彼はオウム返しに「何だ滝川がと・・」。懐かしい会話を思い出す。しかし、学生時代さほどの付き合いもなく彼は九州に、砂川の人間が何で遠い九州へ行くのかとその当時思った程度である。 
  彼の実の姿を垣間見たのは、「五本さんを偲ぶ会」を南房総の白浜「民宿最南端」で開催したときに彼が参加した時である。その時に彼が歌った「千の風になって」の心のこもった奥行きのあるて美声に圧倒された。今でも思い出すぐらいで、秋山雅史に匹敵するのではと…。また、延岡合唱団員で毎年暮れに第9を合唱するのだという。2014年その合唱団が東京で音楽会を開催するというので西沢さんと聴きに行く約束をしていたが、その前日からの大雪でまたしても・・・。でも、私には遠い存在の、そのような音の世界の趣味を持っていたとは、学生時代にはまったく知らなかった砂川の男の姿である。
 70を過ぎたら後は野となれ山となれの心境でといつか書いた記憶があるが、それでも河野さんに続く訃報の連絡、かっての仲間が一人、また一人と寂しい限りである。1月13日に「鈴木さんを偲ぶ会」が上野の例の「かよひ路」で開かれるという。是非参加して、彼の思い出を語り合いたいものと思っている。   合掌